歴史
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ソボロパン · 写真: Ptko / CC BY-SA 4.0 (Wikimedia Commons)

ソボロパン · 写真: Ptko / CC BY-SA 4.0 (Wikimedia Commons)

韓国大田

パンの街・大田:大田駅前の援助小麦粉の蒸しパンから「パン巡礼」まで

最近、大田を訪れる旅行者のかなりの人の目的はパンです。大田がパンの街になった背景、1956年の大田駅前の蒸しパンから始まった話、旧都心の町のパン屋マップとパン祭り、パン巡礼を楽しむコツをまとめました。

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「大田の味」に選ばれたパン

2026年4月に大田市が新たに定めた「大田の味」3品のうち、最初に挙げられたのがパンです。カルグクス、豆腐トゥルチギとともに市民調査と専門家の推薦を経て選ばれましたが、郷土料理ではないパンが都市の代表料理に選ばれたのは、それだけ「大田といえばパン」というイメージが定着したことを意味します。 大田が「パンの街」という愛称を得たのには、旧都心のある有名なパン屋が大きな役割を果たしたという分析が多くあります。その人気のおかげでパンを買いに大田を訪れる人が増え、自然と旧都心のあちこちにある大小の町のパン屋まで注目されるようになりました。このようにパンを求めていくつものパン屋を巡礼するように回る旅を、韓国では「パンジスルレ(パン巡礼)」と呼びます。

1956年、大田駅前の援助小麦粉の蒸しパン

大田のパン文化も、カルグクスと同じく鉄道と小麦粉から始まります。朝鮮戦争後、救援物資として入ってきた小麦粉が京釜線と湖南線の分かれる大田駅を通じて大量に入り、四方に延びる線路のおかげで大田は小麦粉を全国に配る拠点になったといいます。 大田市は、1956年に大田駅前の露店で、あるパン屋が救援小麦粉で蒸しパンを作って売り始めたことを大田のパン文化の始まりと評価していると紹介しました。避難民が救援小麦粉2袋で商売を始めたという話も伝わっていますが、小麦粉を手に入れた経緯は資料によって少しずつ異なります。戦争直後の貧しい時代、駅前で湯気を立てていた蒸しパンの釜が、今日のパンの街の出発点になったわけです。

旧都心の町のパン屋マップ

パンを求める旅行者が増えると、大田東区は2024年、大田駅周辺の旧都心にある町のパン屋58軒を紹介するパン屋マップを発行しました。長く町を守ってきたパン屋から新しく開いた若手のパン屋までを収め、パン屋ごとに看板のパンをイラストで描き入れています。マップは大田駅の観光案内所などでもらえ、東区のホームページからダウンロードすることもできます。 大田のパン屋はそれぞれ看板のパンが違い、選ぶ楽しさがあります。ソボロパンのように長く愛されてきたパンから、クリームや野菜をたっぷり入れたパン、季節の果物をのせたケーキまで種類はさまざまです。パン屋が集まる旧都心は大田駅から歩いて回れるので、半日あればいくつもの店を食べ比べられます。

毎年秋に開かれる大田パン祭り

大田では毎年秋にパンをテーマにした祭りが開かれます。2026年の大田パン祭りは10月17〜18日にエキスポ科学公園で開かれ、町のパン屋120軒が参加し、看板メニューを5%以上割引して販売しました。パン作り体験や公演も用意されました。昨年までは大田駅裏手の東区蘇堤洞の旧都心一帯で開かれており、今年は会場を移しました。 今年の祭りはすでに終わりましたが、毎年秋頃に開かれるので、翌年の日程を確認して合わせて行けば、大田のさまざまなパン屋を一か所で味わえます。祭り期間中は人気のパンが開場直後にすぐ売り切れるという声が多いので、どうしても買いたいパンがあるなら早めに到着するのがおすすめです。日程と会場は大田市と祭りの公式アカウントで発表されます。

パン巡礼を楽しむコツ

大田のパン巡礼は大田駅から始めるのが便利です。駅の観光案内所でパン屋マップをもらい、旧都心を歩きながらパン屋を巡り、途中で昼食にカルグクスを食べれば、大田の小麦粉料理文化を一日で味わい尽くせます。人気のパン屋は週末や午前中に行列が長くなるので、どうしても行きたい店は平日や早い時間に先に立ち寄るのがよいでしょう。 いくつもの店を回る予定なら、一軒でたくさん買うより看板のパンを1〜2個ずつ買って味わうのがコツです。クリーム入りのパンは傷みやすいので長く持ち歩かず、列車で帰るなら保冷バッグがあると便利です。パンを買ってすぐ近くの公園やカフェで食べる人も多く、残ったパンは宿や家で温め直せば翌日まで楽しめます。

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