歴史
韓国光州

サンチュティギムの正体:レタスを揚げるのではなく、天ぷらをサンチュで包む光州の粉食

名前だけ聞くとサンチュ(レタス)を揚げた料理のようですが、実際はイカの天ぷらなどをサンチュで包み、醤油漬けの唐辛子と一緒に食べる光州の粉食です。1970年代に忠壮路で始まったとされる話と食べ方、どこで味わえるかをまとめました。

4分で読める7

名前が招く誤解

光州に初めて来た旅行者が粉食店のメニューで「サンチュティギム」を見ると、サンチュに衣をつけて揚げた料理を想像しがちです。しかし実際に出てくるのは天ぷら(ティギム)一皿と新鮮なサンチュ、そして刻んだ唐辛子と玉ねぎを入れた醤油ダレの小皿です。サンチュを揚げるのではなく、天ぷらをサンチュで包んで食べる料理なのでこの名前がつきました。 天ぷらは輪切りのイカ天が最も一般的で、店によっては野菜天やキムマリ(春雨の海苔巻き揚げ)などを混ぜて出すこともあります。肉をサンチュで包むように天ぷらをサムで楽しむ発想が面白く、いまでは光州にとどまらず全羅道各地の粉食店のメニューでも見かけます。

1970年代の忠壮路で始まったという話

サンチュティギムのふるさととされるのは、光州市東区の繁華街・忠壮路です。複数の資料が1970年代の忠壮路の路地にあった天ぷら屋や屋台で始まったと紹介しており、最もよく知られているのは1975年ごろ、旧光州郵便局の裏手の天ぷら屋で生まれたという話です。ご飯が足りなくなって天ぷらをサンチュで包んで食べたら評判がよく、天ぷらとサンチュを一緒に出すようになったという内容です。 別の話では、商売をしていたおばあさんたちが一緒に食事中ご飯が切れ、サンチュで天ぷらを包んで食べたのが始まりだといい、懐の寂しい人たちが高い肉の代わりに天ぷらをサンチュで包んだという説もあります。ただし年や逸話はいずれも伝え聞いた話の域を出ず、元の記録は確認されていません。2012年にはサンチュティギム誕生の逸話を集める公募展が開かれたこともあります。

なぜこう食べるようになったのか

サンチュティギムが長く愛されてきた理由としてよく挙げられるのは、味のバランスです。揚げ物は数切れ食べただけで脂っこく感じがちですが、シャキッと爽やかなサンチュと醤油漬けの辛い唐辛子がその脂っこさを抑えてくれます。そのおかげで天ぷらをたくさん、長く楽しめるというわけです。 サム(包み)文化が発達した韓国で、何でもサンチュで包んで食べる習慣が粉食店にまで及んだという点も興味深いところです。粉食店で生まれたこのメニューは次第に光州の代表料理の仲間入りをし、光州市が2019年ごろ選んだ「光州7味」にも韓定食、無等山の麦飯、オリタン、松汀トッカルビ、チュモッパプ、ユッチョンとともに名を連ねました。庶民的な粉食が都市の代表料理になった珍しい例です。

おいしい食べ方

食べ方は簡単です。手のひらにサンチュを1枚広げて天ぷらを1〜2切れのせ、醤油ダレから唐辛子と玉ねぎをすくってのせたら、くるくる包んで一口で。醤油をかけすぎると塩辛くなり、サンチュもすぐしんなりするので、具を中心に少しずつのせるのがおすすめです。 天ぷらは揚げたてのサクサクのうちに食べると、サンチュのシャキシャキ感との対比が引き立ちます。粉食店ではトッポッキやスンデなどほかのメニューと一緒に頼んでシェアすることが多く、トッポッキのソースに天ぷらを少しつけてからサンチュで包む人もいます。青陽唐辛子を使う店はかなり辛いこともあるので、辛いものが苦手なら玉ねぎを多めにのせてみてください。

どこで食べる?

サンチュティギムを誕生の地の雰囲気の中で味わいたいなら、光州旧市街の忠壮路一帯がおすすめです。忠壮路は光州を代表する古くからの繁華街で、周辺にサンチュティギムを出す粉食店がいくつもあり、「サンチュティギム通り」と呼ばれたこともあります。市内観光の途中、小腹がすいたときに気軽に立ち寄れるメニューです。 忠壮路でなくても、光州の町の粉食店のメニューでサンチュティギムはよく見かけます。店ごとに天ぷらの種類や醤油ダレの味が少しずつ違うので、何軒か比べてみるのも楽しいです。光州7味をまとめて巡りたいなら、サンチュティギムは都心散策の途中に、松汀トッカルビは光州松汀駅の近くで、オリタンは北区柳洞一帯で味わうようにルートを組むと便利です。

#サンチュティギム#光州グルメ#忠壮路#イカ天#光州7味
サンチュティギムの正体:レタスを揚げるのではなく、天ぷらをサンチュで包む光州の粉食 | TastyLog