歴史
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宮島で味わう焼きがき · 写真: Daderot / Public domain (Wikimedia Commons)

宮島で味わう焼きがき · 写真: Daderot / Public domain (Wikimedia Commons)

日本広島

広島かき物語:日本のカキの半分以上が広島湾で育つ理由

広島県は全国のカキ生産量の約6割を占める日本最大の産地です。カキがよく育つ広島湾の地形、400年を超える養殖の歴史と大阪までカキを売りに行った「かき船」、焼きがき・カキフライ・土手鍋の食べ方、最近の大量へい死のニュースまでまとめました。

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日本のカキの約6割が広島産

広島県は日本最大のカキの産地です。市場に流通する広島かきの多くは養殖マガキで、全国生産量の5〜6割を占め、令和6年の生産量では約6割だったと紹介されています。県内では呉市が市町村別生産量で日本一です。広島かきは「殻は小さいわりに身が大きく、味が濃厚」と評されます。 カキは広島県のシンボル「広島県のさかな」にも指定されていて、「広島かき」は広島県漁業協同組合連合会が管理する地域団体商標でもあります。一年中市場に供給できる体制を整えているため、広島市内の居酒屋から宮島の屋台まで、カキ料理に出会える場所がとても多いです。

なぜ広島湾ではカキがよく育つのか

広島湾は能美島・倉橋島・厳島(宮島)などの島々や岬で大きく閉ざされた海で、太田川をはじめ多くの河川が流れ込みます。河川はカキの餌となる植物プランクトンと、プランクトンの増殖に必要な栄養塩を安定して運び込み、湾が閉じているためカキの幼生や餌がほかの海域に拡散しません。 産卵期の梅雨から夏には大量の河川水が流れ込み、カキが好む塩分の低い層ができます。水温も夏に20度を超え、生育期の秋に20度以下になるのがカキの成長に適しています。波が穏やかで潮の流れも適度なため、カキ筏が壊れにくいのも利点です。自然と人の技術がともにつくったカキの海なのです。

400年を超える養殖の歴史と大阪へ渡ったかき船

広島のカキ養殖は室町時代末期ごろに始まったとする説と、寛永年間(1624〜1643)に始まったとする説があり、資料によって異なります。はじめは干潟に竹の枝を立ててカキを付着させる方法が中心で、1953年に県水産試験場が波に強い筏を開発したことで、1950年代半ばから海につるす筏式養殖が急速に広まりました。 有名なのが「かき船」です。1660年代、広島の草津から大阪までカキを積んで売りに行った船が始まりとされ、1810年代からは船内でカキ料理を出すようになりました。1832年の献立にはカキ飯、カキの土手鍋、酢ガキ、カキの吸い物などが記録されています。明治以降はカキフライも登場しました。いまも広島市内の元安川などにかき船の店が残っています。

焼き、フライ、土手鍋の食べ方

旅行者が最も手軽に出会えるのは、宮島の表参道商店街の焼きがきです。殻ごと炭火で焼くので、熱々の汁と一緒に磯の香りをそのまま楽しめます。カキフライは広島市内の食堂や居酒屋の定番メニューです。 広島の郷土料理には「牡蠣の土手鍋」があります。鍋の内側の周りに味噌を土手のように塗り、カキや豆腐、野菜を煮ながら、食べる直前に味噌の土手を少しずつ崩して好みの味加減にする独特の鍋です。生で食べたいならメニューの「生食用」の表示を確かめましょう。広島県は生食用カキを採取できる海域を指定し、生食用と加熱調理用をパッケージで区別して表示するよう定めています。

旬と最近のニュース

マガキはグリコーゲンが増える秋から冬が旬とされます。英語の月名にRの付かない月(5〜8月)はカキを食べるなという西洋のことわざも、この産卵期と関係しています。広島でも通常は秋に水揚げが始まり、冬に最も多くのカキ料理を楽しめます。 ただし最近のニュースも知っておく必要があります。2025年秋の水揚げシーズンに広島県産の養殖カキが大量にへい死し、農林水産省は高水温や高塩分、酸素不足などを原因に挙げました。2026年3月時点の農林水産省の聞き取りでは、県中部海域で2年貝の4〜9割、3年貝の8〜9割がへい死したと報告されています。2026年秋のシーズンの出荷状況は確認できていないので、カキ料理が目的なら出発前に現地の情報を確かめてください。

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