
安東チムタク · 写真: takoradee / CC BY-SA 3.0 (Wikimedia Commons)
安東チムタクは何歳?市場の鶏横丁から全国区の料理になるまで
両班の里・安東の名を冠しているので古い伝統料理に見えますが、安東チムタクは1980年代に安東の旧市場で生まれた比較的新しい料理です。フライドチキンからニンニクチキン、そしてチムタクへの変身、ソウル経由で全国に広まった経緯、安東でおいしく食べるコツをまとめました。
古い両班料理か、新しい料理か
安東は河回村や書院で知られる両班文化の里なので、安東チムタクも古い両班家の料理だと思われがちです。実際、起源についてはいくつかの説があります。朝鮮時代に城内の「アンドンネ(内側の町)」の人々が特別な日に蒸して食べた鶏を「アンドンネ・チムタク」と呼んだという説、1970〜80年代に安東旧市場の鶏横丁の店が常連の注文どおりに具材を足していくうちに生まれたという説、洋風フライドチキン店の拡大に対抗して横丁の商人が考案したという説などです。 多くの資料は後の二つ、つまり市場の商人が生み出した近代の料理だという見方を有力としています。安東の料理であることは確かですが、歴史の長い伝統料理ではないのです。
フライドチキンからニンニクチキン、そしてチムタクへ
資料によると、1970年代初め、安東市場(現在の旧市場)には生の鶏を売りながら丸ごとのフライドチキンも揚げて売る店が5軒集まった「トンダク横丁」がありました。マッコリを出す飲み屋も兼ねていて、近くの部隊の兵士やタクシー運転手、労働者が常連で、近くの映画館に来た若いカップルも立ち寄ったといいます。 1970年代後半には脂っこさを和らげるためにニンニクをたっぷり入れたニンニクチキンが登場し、遠足や誕生日のごちそうになりました。そして1980年代にさらにボリュームのある料理としてチムタクが生まれ、80年代後半に春雨・じゃがいも・にんじんなどが加わって今の形が完成したとされます。鶏一羽を大勢で分けられ、酒の肴にもおかずにもなることが人気の理由でした。
ソウルを経て全国へ
安東チムタクが全国に知られるようになったのは2000年ごろです。安東出身の事業家がソウルでチムタク専門店を開き、2001年にテレビ番組で紹介されて有名になったといわれます。通貨危機の後、起業を考えていた人々が次々とチムタク店を開いたため、さまざまなブランドの安東チムタク店が全国にでき、一部はフランチャイズに成長しました。 面白いのは、このブームが安東に戻ってきたことです。民俗学の研究では、安東でもそれほど有名でなかった料理が首都圏で人気を得てから全国に広がり、その波が逆に発祥地・安東のチムタク横丁を変えたと分析しています。多くの人が安東チムタクを伝統料理だと思うのも、「両班の里・安東」という地域イメージが料理に重ねられた結果だという解釈です。
何が入って、どんな味?
安東チムタクは、ぶつ切りの鶏を醤油と水あめ中心のタレで煮詰めるように蒸し煮にした料理です。じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、長ねぎ、ニンニク、しいたけなどの野菜と幅広の春雨が入り、チョンヤン唐辛子や乾燥赤唐辛子で辛みを加えます。そのため一口で甘さ、しょっぱさ、後からピリッとくる辛さが同時に来ます。汁気が少し残るのも特徴で、このタレをご飯に混ぜて食べる人も多くいます。 地域ごとのアレンジもあります。大邱・亀尾・慶山などではコチュジャンや粉唐辛子を入れて赤く辛くしたチムタクも売られ、最近はチーズをのせたチーズチムタクのような若者向けのメニューもよく見かけます。元祖の味を知りたいなら、醤油色の濃い基本のチムタクから試すのがおすすめです。
安東で食べるときのポイント
安東でチムタクを食べるなら、旧市街にある安東旧市場のチムタク横丁が最も有名です。トンダク横丁から始まった場所らしくチムタク店がずらりと並び、横丁そのものが観光スポットになっています。 チムタクは普通、鶏一羽単位で注文し、量が多いので2〜3人で分けることが多いです。ハーフサイズや辛さの調整ができるかは店によって違うので、辛いものが苦手なら注文時に辛さ控えめにできるか聞いてみましょう。春雨はタレを吸ってすぐにのびるので先に食べるのがよく、残ったタレにご飯を混ぜて締めれば安東流の一食が完成します。安東サバ(カンコドゥンオ)やホッチェサッパプなど、ほかの安東料理と組み合わせて旅程を立てるのもおすすめです。