
小ねぎ・ニンニク・唐辛子を添えたクァメギ · 写真: Hyeon-Jeong Suk / CC BY 2.0 (Wikimedia Commons)
クァメギ:冬の海風が育てる浦項の半干し魚、ニシンからサンマへ
冬になると浦項・九龍浦にずらりと吊るされる半干しの魚、クァメギ。凍っては解けるを繰り返してねっとりした魚を海苔やワカメで包んで食べるこの料理の名前の由来、朝鮮時代の記録、ニシンがサンマに替わったわけ、食べ方をまとめました。
凍っては解け、風がつくる魚
クァメギは、ニシンやサンマを冬の海風に吊るし、凍結と解凍を繰り返しながら干した半干しの魚です。慶尚北道・浦項の迎日湾一帯で食べられてきた郷土料理で、浦項の九龍浦が最も有名な産地です。夜は氷点下の風で凍り、昼は日差しで解ける過程で水分が抜け、英語の資料では水分が約40%前後になるまで干すと説明されています。 こうしてできたクァメギは、表面はねっとり、中は脂がのってしっとりしています。青魚特有の濃い脂の旨みがあるため、初めての人は生臭く感じることもあり、好きな人は冬ごとにわざわざ食べに行くほどで、好みがはっきり分かれる料理です。そのため、そのままより野菜や海藻で包んで食べる方法が定着しました。
名前の由来:目を貫いた魚「貫目」
クァメギという名前は、魚の目を串や縄で貫いて干したことを意味する「貫目(クァンモク)」から来たというのが定説です。1809年ごろに書かれた家政書『閨閤叢書』には、ニシンを持ち上げて両目が透き通って向こうが見えるものを干して使うと味が格別だという一節があり、朝鮮・英祖の時代に編纂された『輿地図書』には迎日県が貫目を貢物として納めたという記録があります。朝鮮後期に迎日湾一帯の特産品だったことをうかがわせる資料です。 近代の記録では、慶州出身の小説家・金東里が1967年に雑誌に書いた随筆がよく引用されます。彼は故郷・慶州の「クァンメギ」を、腹も割かず塩も振らずに凍らせて干したニシンだと紹介し、洋食も中華もあらゆる料理を食べてきたがクァンメギほどおいしいものは知らないと書きました。
ニシンからサンマへ、そして再びニシンへ
もともとクァメギの材料は、東海でよく獲れたニシンでした。ところが1960年代にニシンの漁獲量が大きく減ると、当時たくさん獲れたサンマがその座を引き継ぎ、長い間クァメギといえばサンマのクァメギを指すようになりました。2020年代に入ると逆にサンマが減ってニシンが増え、ニシンのクァメギも再び増えているといいます。 作り方も変わりました。かつて浦項・盈徳・九龍浦一帯では、家ごとに魚の目を刺して台所の小窓や軒先に吊るしていました。夜に戸を開けておくと凍り、朝ご飯を炊く火でまた解け、煙でいぶされて自然にクァメギになったと伝えられます。1990年代に真空パックなど輸送方法が改善しメディアで紹介されると、専門の干し場での大量生産が始まり、2000年代には漫画『食客』などをきっかけに全国的な冬の味覚になりました。
こうして包んで食べる
クァメギの最も一般的な食べ方はサム(包み)です。海苔や生ワカメ、白菜、サンチュの上にクァメギを一切れのせ、小ねぎ、ニンニク、青唐辛子を添えて酢コチュジャンをつけ、一口で食べます。海藻と野菜が脂っこさと生臭さを和らげてくれるので、初めての人もずっと食べやすくなります。焼酎のつまみとして特に愛されています。 クァメギは形によって二種類に分かれます。魚を丸ごと干した「トンマリ」は伝統的な製法に近いものの、臭みが強く下処理が面倒です。そのため今は腹を開いて内臓と骨を取り、半分に開いて干したものが多く、これは都会の人が食べやすいように生まれた方法です。初めてなら処理済みのクァメギをサムで食べ、慣れたらトンマリに挑戦してみてください。
いつ、どこで食べる?
クァメギは冷たい風が吹かないと作れない冬の食べ物です。普通は晩秋から干し場に魚が吊るされ始め、真冬に旬を迎えます。この頃には九龍浦のどこでも魚がずらりと吊るされた風景が見られます。真空パックのクァメギは全国に宅配されますが、海風に吹かれながら現地で食べる味はまた格別です。 浦項・九龍浦には、クァメギの歴史と製造過程を紹介する九龍浦クァメギ文化館が2016年に開館し、浦項市は1997年から毎年11月ごろにクァメギ祭りを開いてきました。祭りの日程は年によって変わることがあるので、訪問前に浦項市の案内を確認してください。九龍浦近代文化歴史通りや虎尾串と合わせて計画すれば、浦項東側の海岸を一日で巡れます。