歴史
1 / 2
炊き込み型の深川めし · 写真: Almandine / CC BY-SA 3.0 (Wikimedia Commons)

炊き込み型の深川めし · 写真: Almandine / CC BY-SA 3.0 (Wikimedia Commons)

日本東京

深川めし:江戸の漁師の貝飯、ぶっかけか炊き込みか

隅田川の東に広がる深川は、江戸時代には漁師の町でした。その漁師たちが仕事の合間にかき込んだ貝の飯が、今の深川めしです。貝の移り変わり、二つのスタイル、明治の記録、駅で買える深川めしまでまとめました。

6分で読める7

隅田川の向こう、漁師町・深川

深川は、現在の東京都江東区北西部、隅田川河口の東側にあった地名です。江戸時代は江戸湾(今の東京湾)に直接面していて漁業が盛んで、貝がたくさん獲れました。深川めしは、ここの漁師たちが仕事の合間にかき込んだ賄い飯、なかでも汁をご飯にかける「ぶっかけめし」がルーツとされています。 名前のとおり深川を代表的な地として名付けられ、「深川丼」「あさり飯」とも呼ばれます。埋め立てで海は遠くなりましたが、この丼は江戸の下町・深川を思い起こさせる味として残りました。

江戸はバカガイ、明治以降はアサリ

今の深川めしはアサリで作るのが普通ですが、もともとは別の貝だったといいます。江戸時代に深川の沖でたくさん獲れた「バカガイ(アオヤギ)」が最初に使われた貝で、アサリが使われるようになったのは明治・大正時代からとされています。 アオヤギは今では寿司ネタとしてなじみのある貝です。手軽で安い貝をネギと一緒に味噌汁で煮てご飯にかければ、忙しい漁師が立ったままでもかき込める腹持ちのいい一食になりました。貝が替わったのは、海の事情や時代によって手に入りやすい貝が変わったためと考えられます。

二つのスタイル:ぶっかけと炊き込み

深川めしには大きく二つのスタイルがあります。一つは元祖とされる「ぶっかけ」型で、アサリとネギを味噌汁で煮て、温かいご飯に汁ごとかけます。スプーンですくって食べる素朴な味です。もう一つは「炊き込み」型で、アサリの煮汁でご飯を炊き、身を混ぜたりのせたりした貝の炊き込みご飯です。 日本語版ウィキペディアによると、2000年ごろから開店した深川めしの店の多くは炊き込み型を出しています。店によっては両方を半分ずつ盛って食べ比べられるメニューもあるので、初めてなら両方味わえるものを選んでみてください。針生姜やネギが添えられることが多いです。

明治の記録に残る「車夫の飯」

深川めしが庶民の食べ物だったことは、明治の記録にも残っています。1893年に東京の貧民街の暮らしを取材したルポ『最暗黒の東京』は、この料理を車夫などの労働者が好んだ安い飯として描き、客が来れば白飯を丼に盛り、上から汁をかけて出す即席料理だと記しています。 今でいえば、早くて安くて腹いっぱいになるファストフードだったわけです。漁師の賄いから始まって町の労働者の一食となり、今では江戸の味を伝える郷土料理として大切にされています。農林水産省の「農山漁村の郷土料理百選」にも名を連ねています。

どこで味わう?旧深川エリアと駅弁

深川めしを出す店は、旧深川エリアにあたる門前仲町・清澄白河一帯を中心に見つかります。深川不動堂や富岡八幡宮といった参拝スポット、清澄庭園などを巡るルートの一食に組み込みやすい料理です。 時間がなければ駅弁という手もあります。日本語版ウィキペディアによると、JR東海パッセンジャーズが炊き込み型の深川めしを東京駅・品川駅・新横浜駅で販売し、JR東日本の駅で売られる別業者の深川めしは2013年に炊き込み型からぶっかけ型に変わったといいます。商品は変わることがあるので売り場で確かめてください。新幹線で食べる深川めしも、なかなか風情があります。

#深川めし#深川丼#あさり#江東区#江戸の味
深川めし:江戸の漁師の貝飯、ぶっかけか炊き込みか | TastyLog