
典型的なナポリタン · 写真: Ocdp / CC0 (Wikimedia Commons)
ナポリタン:イタリアにはないケチャップスパゲッティ、横浜生まれの物語
日本の喫茶店や洋食店の定番メニュー、ナポリタン。名前に反してイタリアのナポリにはない日本生まれのスパゲッティです。占領期の横浜のホテルの厨房と野毛の洋食店から始まったという話、名前の由来をめぐる諸説、日本流の楽しみ方をまとめました。
ナポリにはない「ナポリタン」
ナポリタンは、茹でたスパゲッティを玉ねぎ、ピーマン、ハムやベーコン、ソーセージ、マッシュルームなどと炒め、トマトケチャップで味付けした料理です。西洋料理を日本風にアレンジした「洋食」の代表メニューで、昔ながらの喫茶店や洋食店から給食、弁当までどこでも見かけます。 特徴は麺です。アルデンテではなく、茹でた麺を一晩寝かせ、注文が入ってからケチャップや具と炒め直すやり方が一般的なので、麺がやわらかくコシは控えめ。国産スパゲッティの販売が始まった1955年の「パスタ元年」ごろに登場した「ケチャップパスタ」が原型とされ、このやわらかな麺こそがナポリタンらしい味として愛されています。
占領期の横浜、あるホテルの厨房で
最もよく知られた誕生の物語の舞台は、横浜・山下公園前のクラシックホテルです。このホテルは終戦直後から約7年間GHQに接収されていましたが、同ホテルの第4代総料理長は「ナポリタンは第2代総料理長が戦後に考案した」と述べています。 第2代総料理長は、米兵が茹でたスパゲッティをケチャップだけで和えて食べているのを見て物足りなさを感じ、生のトマトとトマトペーストで作ったソースを使ってきちんとした一皿に仕上げたといいます。つまり元祖はケチャップではなくトマトソース版だったという話です。このホテルの1934年のメニューにはすでに「Spaghetti Napolitaine」の名があったという記録もあります。
ケチャップナポリタンのふるさと・野毛
では、今私たちが知るケチャップのナポリタンはどこから来たのでしょうか。横浜・桜木町駅近くの庶民的な飲み屋街・野毛に1946年に開業したある洋食店が、開業当初からケチャップでナポリタンを作っていたという記録があり、ここを「ケチャップナポリタン」の発祥とみる見方もあります。 この店の創業者は横浜の別のホテルで修業し、先の第2代総料理長とも親交があって、開業後も助言を受けていたと伝えられます。ホテルのトマトソースのナポリタンと野毛のケチャップナポリタン、二つの流れがどちらも横浜でつながっているのが面白いところです。安くて手軽なケチャップ版が、やがて全国の喫茶店や家庭に広まっていきました。
なぜ「ナポリ」なのか?名前の由来をめぐる諸説
名前の由来もひとつにまとまりません。先のホテルの第4代総料理長は、中世ナポリの屋台にヒントを得たと説明しました。しかし、トマトがナポリに伝わったのは1554年ごろとされるため、中世のナポリにトマトソースのスパゲッティがあったとは考えにくいという指摘もあります。 食文化研究家の澁川祐子は、フランス料理の「スパゲッティ・ナポリテーヌ」が語源ではないかと推察し、米国のミートボールスパゲッティが進駐軍を通じて伝わったのがルーツだという説もあります。いずれにしても、名前はイタリア風でも味はすっかり日本で育った料理だということは確かです。諸説が並び立つので、「資料によって異なる」と覚えておけば十分です。
日本流にナポリタンを楽しむ
ナポリタンは横浜のどこでも食べられますが、せっかくなら物語の舞台を巡りながら味わうのもおすすめです。山下公園や海沿いの散歩道がある関内一帯、そして桜木町駅西側の野毛には古い喫茶店や洋食店が多く、レトロな雰囲気の中でナポリタンを楽しめます。 日本では、炒め上がったナポリタンに粉チーズとタバスコをかけて食べることが多く、鉄板に薄焼き卵を敷いてナポリタンをのせ、ジュージューと出す「鉄板ナポリタン」は名古屋の喫茶店文化として知られています。イタリアのパスタと比べるのではなく、甘酸っぱいケチャップ味とやわらかい麺を、日本の「懐かしの味」として楽しんでみてください。