歴史
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坡州の長湍豆で作ったコングクス · 写真: Hyeonyoung Lee 21 / CC BY-SA 4.0 (Wikimedia Commons)

坡州の長湍豆で作ったコングクス · 写真: Hyeonyoung Lee 21 / CC BY-SA 4.0 (Wikimedia Commons)

韓国京畿道 · 坡州

坡州・長湍豆:民間人統制線の向こうでよみがえった在来大豆

坡州の長湍豆は、1913年に韓国初の大豆奨励品種を生んだ土地の豆です。戦争で途絶えた栽培が民間人統制線内の村でよみがえった物語と、豆乳麺・豆腐・味噌での味わい方、11月の長湍豆祭りまでまとめました。

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長湍とはどこで、なぜ豆なのか

長湍豆の「長湍(チャンダン)」は、朝鮮戦争前まであった長湍郡に由来する名前です。今は坡州市に属し、長湍豆の産地「長湍村」とは民間人統制線(民統線)の内側にある3つの村、白蓮里の統一村、助山里の大成洞、東坡里のヘマル村を指します。 京畿道の資料によると、長湍の米・豆・高麗人参は「長湍三白」と呼ばれて王に献上された特産品で、長湍豆は朝鮮時代から最上の豆と認められていたといいます。この一帯は水はけのよい土地で、昼夜の寒暖差が大きいため、豆が固く実り香ばしさが深まると説明されています。今も坡州と漣川を中心とする京畿北部が、京畿道の大豆生産量の半分余り(約53%)を占めています。

1913年、韓国初の大豆奨励品種「長湍白目」

長湍豆が特別扱いされる理由のひとつが品種の歴史です。1913年に韓国初の大豆奨励品種に定められた「長湍白目(チャンダンペンモク)」は、まさにこの地域の在来大豆から選び出された品種。消えつつある食の遺産を記録する国際スローフード協会の「味の箱舟」にも登録されています。 長湍白目に続いて1969年には「光教(クァンギョ)」が登場し、その後も味噌・豆腐向けの品種が次々に開発されてきました。今「長湍豆」の名で出回る豆は、こうして受け継がれた複数の品種の総称です。粒が大きく色鮮やかなのが良い長湍豆の目印です。

戦争で途絶え、統一村で再開された栽培

朝鮮戦争は長湍豆の命脈を断ち切りました。豆を育てていた土地が民間人の立ち入れない民統線の内側に入り、栽培は止まり、その名もしばらく忘れられていました。 再び豆が植えられたのは1973年、統一村事業で長湍一帯の民統線地域に村ができてからです。住民が移り住んで約100ヘクタールの畑で豆作りを再開し、その後新品種の普及とともに坡州の特産品として定着しました。1990年代には坡州市が地域経済のために「長湍豆」ブランドを育て始め、その中心に祭りがありました。民統線の村の畑は今も出入り手続きが必要なので、旅行者は主に祭り会場や市内の食堂で長湍豆に出会うことになります。

コングクス・豆腐・味噌、長湍豆の味わい方

長湍豆は豆そのものをおかずにするより、豆から作った料理で楽しむことが多いです。夏の代表は、ゆでた豆を細かくすりつぶした冷たいスープに麺を入れたコングクス(豆乳麺)。濃厚でとろりとした豆乳に塩を少し加えて自分で味を調えて食べ、豆が良いほど香ばしさがはっきりします。 一年中楽しめるのは豆腐料理。できたてのスンドゥブや木綿豆腐、豆腐鍋、おから鍋などを出す豆腐の店が坡州のあちこちにあります。メジュを発酵させて仕込む長湍豆の味噌や清麴醤(チョングッチャン)も有名で、京畿道は長湍豆を味噌・コチュジャン・豆腐に加工すると深い風味が出ると紹介しています。食堂ではおかずに炒り豆が出ることもあるので、豆そのものの香ばしさも味わってみてください。

11月の長湍豆祭りとどこで食べるか

長湍豆を一度に楽しむなら、毎年11月頃に開かれる坡州長湍豆祭りが一番です。1997年に統一村で始まり、規模が大きくなったため2001年から臨津閣一帯に会場を移しました。新豆を直接買えるほか、豆腐・スンドゥブ作り体験や豆料理の屋台が並び、2020年には京畿観光代表祭りにも選ばれています。日程は年によって少しずつ変わるので、坡州市の告知を確認しましょう。 祭りの時期以外は、坡州市内の豆腐・コングクス専門店を訪ねるとよいでしょう。炭県面の統一東山観光特区には2021年オープンの長湍豆体験・広報施設があり、長湍豆の味噌類や加工品を買ったり豆料理を味わったりできます。ヘイリ芸術村にも近いので、あわせて回るのがおすすめです。

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