歴史
南漢山城のタッペクスク

南漢山城のタッペクスク

韓国京畿道 · 広州(京畿)

南漢山城のタッペクスク:山城の村人が鶏粥を売るようになったわけ

世界遺産・南漢山城の中には、鶏や鴨の料理を出す店が集まるペクスク通りがあります。山城が役目を失った後、住民が鶏粥を売って始まった村の歴史と、地鶏のペクスクやタクポックムタンの頼み方をまとめました。

6分で読める5

なぜ山城の中にペクスクの店が集まったのか

南漢山城は京畿道広州市にある朝鮮時代の山城で、丙子の乱(1636年)の際に仁祖が籠城した場所であり、2014年にユネスコ世界遺産に登録されました。城内には王が滞在した行宮が復元され、その周辺に鶏や鴨の料理を出す店が集まって「ペクスク通り」をつくっています。 城壁の内側の村には「鶏粥(タクチュク)」と書かれた公式案内板が立っています。要約すると、近代以降に南漢山城が軍事・行政都市としての役目を失うと、山城に住んでいた人々は出ていかざるを得なくなり、残った地元の人々が生計のために鶏粥を煮て売り始めたことで村の新しい歴史が始まった、という内容です。京畿道のウェブマガジンによれば、この一帯は豊川任氏の同族村でもあります。

渓谷の縁台の行楽地からペクスク通りへ

1960〜70年代の南漢山城一帯は、渓谷に縁台を並べて鶏や鴨の料理を食べる行楽地でした。村人たちはペクスク(鶏の丸ごと煮)を売り、山で捕ったキジやウサギをあわせて出す店もあったそうです。 1971年に南漢山城が道立公園に指定されると鶏・鴨の専門店が次々に増え、2017年の報道時点で70軒ほどに達しました。2012年には文化体育観光部と韓国観光公社が「南漢山城ペクスク通り」を食のテーマ通りに指定しています。古い店の中には1979年開業で3代目が営む店もあり、もとの場所が行宮の復元事業で取り壊されて移転したといいますから、山城の復元と食堂の歴史はともに歩んできたわけです。

地鶏のペクスクとタクポックムタン、何を頼むか

ペクスク通りの定番メニューは、タッペクスク、タクポックムタン(旧名トリタン)、そして鴨料理です。ペクスクは鶏を丸ごとにんにくなどと一緒に澄んだスープでじっくり煮込む料理で、身は塩やタレにつけて食べ、スープは別にすくって味わいます。タクポックムタンはぶつ切りの鶏をじゃがいもなどと一緒にコチュジャンや唐辛子粉のタレで煮詰めた辛い料理です。 ここでは体が大きく身の締まった在来種の地鶏(トジョンダク)を使う店が多く、火が通るまで時間がかかるため注文を受けてから調理する店がほとんどです。一羽で3〜4人分ほどあるので、何人かで行ってペクスクとポックムタンを一つずつ分け合うのが一般的。どんぐりチヂミやじゃがいもチヂミ、山菜のおかずを添える店も多く、山里の食卓の雰囲気が味わえます。

締めは鶏粥、そしてヒョジョンゲンの話

韓国ではペクスクを食べ終えると、鶏を煮込んだスープに米を入れて粥を炊き、締めにすることがよくあります。鶏の脂とほぐれた身が溶け込んだスープで炊く粥は、ペクスクとはまた違う香ばしさがあり、山城の村が「鶏粥」で暮らしを立て始めたという案内板の話にもよく合います。粥がセットに含まれるか別注文かは店によって違うので、注文時に確認しましょう。 南漢山城一帯には、もうひとつ昔の料理の話が伝わっています。カルビや海産物、きのこなどを入れて長時間煮込んだ解酲スープ「ヒョジョンゲン(暁鐘羹)」で、山城一帯で煮て、明け方の鐘が鳴る頃に漢陽の両班の家へ運んだと言い伝えられています。今も城内でこの名を掲げたメニューに出会えることがあるので、ペクスクとは違う山城の味として覚えておきたいところです。

山城散策とあわせて食べるコツ

ペクスク通りの店は、南漢山城の行宮周辺や城内の村のあちこちに点在しています。城壁沿いの散策路を歩いたり行宮を見学したりしてから、遅めの昼食にペクスクを食べるのが無理のない日程です。地鶏のペクスクは注文を受けてから火を入れるので出てくるまで時間がかかります。時間に余裕を持って訪ねましょう。 週末や紅葉シーズンは山城へ上る道が渋滞し駐車も難しいので、バスを使うか早めに出発するのがおすすめ。夏は渓谷側の席が人気です。値段は一羽単位で、一人用メニューのない店もあるので、二人なら半羽や小さいメニューがあるか先に確認しましょう。

#南漢山城#タッペクスク#鶏粥#京畿道広州#ペクスク通り
南漢山城のタッペクスク:山城の村人が鶏粥を売るようになったわけ | TastyLog