歴史
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マンゲの葉にのったマンゲ餅 · 写真: Liante44 / CC BY-SA 4.0 (Wikimedia Commons)

マンゲの葉にのったマンゲ餅 · 写真: Liante44 / CC BY-SA 4.0 (Wikimedia Commons)

韓国慶尚南道 · 宜寧

宜寧のマンゲ餅:サルトリイバラの葉で包んだ餅が、餅として初めて地理的表示を得るまで

緑の葉2枚の間に白い餅がはさまったマンゲ餅(マンゲトッ)は、慶尚南道・宜寧(ウィリョン)を代表する食べ物です。葉の役割、伽耶や義兵にまつわる由来説、餅として初めて受けた地理的表示、宜寧で買って食べるコツをまとめました。

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マンゲ餅とは:サルトリイバラの葉で包んだ餅

マンゲ餅は、うるち米の生地であんこを包んだ餅を、サルトリイバラの葉で包んで蒸したものです。慶尚道では山によく生えるつる植物のサルトリイバラを「マンゲナム(マンゲの木)」と呼び、その葉で包んだ餅なのでマンゲ餅という名前がつきました。 宜寧のマンゲ餅は、手のひらより小さな四角い餅の皮にあんを入れ、丸いマンゲの葉2枚で上下をはさんで作るのが一般的です。報道によると、うるち米を水に浸して粉にし、蒸して何度もこねて生地にし、平たくのばして約6cm角に切って皮を作るそうです。餅はやわらかくもちもちで、葉からほのかな草の香りが移ります。

伽耶・義兵・日本統治時代、三つの由来説

マンゲ餅がいつ生まれたかの正確な記録はなく、いくつかの話が伝わっています。一つ目は、伽耶の時代に婚礼のとき新郎の家へ贈った料理、あるいは伽耶が百済へ送った婚礼の品だったという説。二つ目は、壬辰倭乱(文禄・慶長の役)のとき義兵たちが傷みにくい戦の食料として食べたという説です。宜寧は壬辰倭乱で郭再祐(クァク・チェウ)が義兵を挙げた土地として知られているため、この話はとくによく語られます。 三つ目は、カシワの葉で包む日本の柏餅に似ていることから、日本統治時代に宜寧へ入ってきたのではないかという説です。このように資料ごとに説明が異なり、どれか一つを定説とするのは難しいところ。今のような形で売り始めたのは1950年代半ばからだという作り手の証言もあります。

葉の役割

マンゲの葉はただの飾りではありません。葉で包むと餅どうしがくっつかず、水分が飛ばないので固くなりにくくなります。葉の成分が傷みを遅らせ、夏でも比較的日持ちするとされ、義兵や避難民の食料だったという話もこの点とつながっています。葉の香りがほんのり餅に移るのも魅力です。 葉は毎年真夏、おおよそ6〜8月に摘みます。大きすぎたり小さすぎたり、やわらかすぎたりする葉は使いにくいそうです。昔は摘んだ葉を冷凍して冬まで使っていましたが、葉を塩漬けにして保存する方法が開発され、一年中マンゲ餅を作れるようになりました。この塩漬け法が完成した時期は、1984年とする資料と1990年代初めとする資料があり、資料によって異なります。

餅として初めて受けた地理的表示

宜寧マンゲ餅は2011年3月に地理的表示第74号に登録されました。報道によると、餅の品目として初めて受けた地理的表示です。地理的表示とは、その地域の自然や伝統が品質を左右する農産物や加工品に、地域名を使えるよう保護する制度です。以来、宜寧郡は自らを「マンゲ餅1番地」と紹介しています。 宜寧郡は2010〜2012年にブランド化事業を進め、団体商標を登録し、常温で1日ほどだった賞味期限を冷蔵3日、冷凍6か月に延ばすなど、包装や保存方法を改善しました。2022年の報道時点で宜寧では9つの業者がマンゲ餅を専門に作り、そのうち複数の業者が協議会をつくって共同ブランドで品質を管理しています。

宜寧での買い方と食べ方

マンゲ餅を売る餅屋は宜寧邑の伝統市場一帯をはじめ郡内のあちこちにあるので、宜寧旅行の途中に立ち寄りやすいです。宜寧邑近くの村ではマンゲ餅作り体験を行っているという報道もあるので、興味があれば宜寧郡の観光案内を確認してみてください。 食べるときは葉ごと持ち、上下の葉をはがしながら餅だけを食べます。葉は食べません。マンゲ餅は作ったその日がいちばんもちもちだそうなので、できれば買ってすぐに味わいましょう。ブランド化事業以降、冷蔵・冷凍での保存期間は延びたとされますが、お土産に買うときは保存方法と期間を必ず店で確認を。店ごとに作り方が違うので期間も異なることがあります。小ぶりで素朴なので、お茶うけにぴったりのおやつです。

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