歴史
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任実チーズテーマパークのチーズ作り体験 · 写真: Republic of Korea (Korea.net / Korean Culture and Information Service) / CC BY-SA 2.0 (Wikimedia Commons)

任実チーズテーマパークのチーズ作り体験 · 写真: Republic of Korea (Korea.net / Korean Culture and Information Service) / CC BY-SA 2.0 (Wikimedia Commons)

韓国全羅北道 · 任実

任実チーズ物語:ベルギー人神父と2頭のヤギから始まった韓国初のチーズ

全羅北道の任実は山あいの小さな郡ですが、「韓国チーズのふるさと」と呼ばれています。1960年代、ベルギー出身の池正煥(チ・ジョンファン)神父が2頭のヤギで始めた挑戦が、チーズ村やテーマパーク、数十万人が訪れる祭りへとつながった経緯をまとめました。

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貧しい山村にやって来たベルギー人神父

任実チーズの物語は一人の人物から始まります。1931年にベルギーで生まれたディディエ・セルステバン神父は1959年に来韓し、全州教区で「池正煥(チ・ジョンファン)」という韓国名をもらいました。そして1964年、全羅北道・任実の聖堂の主任神父として赴任します。 当時の任実は田畑の少ない貧しい山村でした。池神父は住民が自分の力で暮らしを立てられるよう手助けしたいと考え、たどり着いた答えが酪農でした。山の斜面には草が豊富なので家畜を育てて乳を搾り、日持ちして売れるチーズにしようという発想です。ほとんどの韓国人がチーズを食べたこともなかった時代の話です。

2頭のヤギと失敗の連続

高価な乳牛を買う余裕のなかった池神父は、ヤギを選びました。1965年ごろに2頭のヤギから始めたとする記録が多く、翌1966年には住民とともに任実ヤギ協同組合をつくりました(飼育を始めた年は資料により1964〜1965年と少し異なります)。 問題は余るヤギの乳でした。村で飲みきれず、遠くへ売りに行くこともできないので、チーズにするしかありません。ところが作り方をきちんと学んだ人はいませんでした。麹や薬を煎じる土瓶など家にある道具で発酵を試みたという話が伝わるほど試行錯誤が続き、最初の数年は失敗ばかりでした。

ヨーロッパで学んだ技術と韓国初のチーズ工場

突破口はヨーロッパにありました。池神父はフランスなどヨーロッパのチーズ産地を訪ね、製造技術を直接学んで帰ってきました。その後の年代は資料によって異なります。1967年にカマンベールを開発し、1968年にのみと金づちだけで韓国初のチーズ工場を建てたという記録もあれば、1969年に住民とともに生産に成功し工場を構えたという記録もあります。 確かなのはその後の変化です。1972年ごろ、任実産のモッツァレラがソウルのホテルに納められるようになって販路が開け、山村のチーズは正式な商品になりました。今も任実チーズと聞いてピザとモッツァレラを思い浮かべる人が多いのはそのためです。

すべてを住民に託して

池神父は1970年代末、多発性硬化症を患い下半身が麻痺しました。1981年、彼はチーズ事業に関するすべての権利を住民に譲り、治療のためベルギーへ帰ります。 数年後、車いすで韓国に戻った彼は全州に重度障害者のリハビリ共同体「虹の家」を開き、余生を障害のある人々とともに過ごしました。2016年には任実チーズと障害者福祉への貢献が認められ韓国国籍を取得し、2019年4月13日に88歳で帰天しました。政府は国民勲章牡丹章を追叙しています。韓国初のチーズ工場と任実聖堂は今もチーズの歴史を伝える場所として残り、2026年のチーズ祭りではここまで会場が広がりました。

どこで味わい、体験する?

旅行者が最も多く訪れるのは、任実チーズ村と聖寿面の任実チーズテーマパークです。テーマパークでは韓国チーズの歴史を見学できるほか、温かいカードを手で伸ばしてモッツァレラを作るチーズ作り体験に参加できます。自分で作ったチーズでピザを焼く体験も人気です。 最もにぎわうのは毎年10月の任実Nチーズ祭りです。2026年は10月8日から11日まで第12回が開かれ、2025年には61万人が訪れました。米粉ピザ作り、大型フォンデュ、チーズ伸ばしなど参加型のプログラムが充実しています。体験の内容は時期によって変わるので、出発前に予約と時間を確認しましょう。

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