
甕の上のざるで干される唐辛子 · 写真: ASADAL, Inc. / CC BY 2.0 kr (Wikimedia Commons)
陰城の唐辛子:ビニールマルチ栽培が始まったとされる唐辛子の里
忠清北道の陰城は唐辛子畑が多いことで知られる町です。1973年にここで初めて成功したとされる唐辛子のビニールマルチ栽培、小さな在来種「プンオチョ」から改良品種への移り変わり、洗って天日で干すブランド「清潔唐辛子」、そして秋の祭りで粉唐辛子を買いそろえるコツをまとめました。
唐辛子畑が広がる町
忠清北道の中北部にある陰城郡は、昔から唐辛子の産地として知られてきました。1991年のソウル新聞の報道によると、当時は陰城郡の全農家の65%が唐辛子を栽培し、栽培面積は1,272ha、生産量は約2,620トンと推計されていました。忠清北道の唐辛子栽培面積の14.6%に当たる規模です。 陰城の唐辛子が評価される理由は土地と気候にあるとされます。畑は水はけのよい丘陵地や砂まじりの土に多く、日照が十分で昼夜の寒暖差もほどよいそうです。2025年の報道は、陰城が漢江と錦江の水系が分かれる分水嶺にあるという地理条件と、大きな寒暖差のおかげで香りが豊かだと説明しています。
1973年、唐辛子畑にビニールをかける
いま韓国の田舎道を走ると、黒いビニールで覆われた畝をよく見かけます。土をビニールで覆って水分と温度を保ち、雑草を減らす「マルチ」栽培です。1991年のソウル新聞は、陰城を唐辛子マルチ栽培の発祥地として紹介しています。1973年に陰城邑新川里の一人の農民が、タバコ栽培に使っていたビニールを応用して唐辛子のマルチ栽培を全国で初めて試みて成功し、その方法が全国の唐辛子農家に広まったというのです。 同じ記事によると、陰城の唐辛子はもともと実の小さい「プンオチョ」という品種が中心でしたが、1991年ごろには改良された大きな品種が約70%を占めていました。ビニールトンネル栽培も開発され、収穫量が20〜30%増えたと伝えています。小さな町の畑から始まった試みが、韓国の唐辛子づくりの風景を変えたわけです。
洗って天日で干す「清潔唐辛子」
陰城の唐辛子は郡の共同ブランド「陰城清潔唐辛子」として全国で売られています。2025年のフードトゥデイの報道によると、このブランドは1995年に始まり、洗浄・乾燥・太陽熱乾燥の工程を経た高品質の唐辛子で、HACCP(食品安全管理認証基準)のもとで管理されています。名前のとおり「清潔さ」を売りにしているわけです。 2015年のソウル新聞のキムジャン特集は、陰城の唐辛子を「全国区の唐辛子」の一つとして紹介し、辛さと香りが強く、皮が厚いので粉がたくさん取れ、色も鮮やかだと説明しています。農家が丁寧に洗ってから天日で干し、ブランドを付けて出荷するとも書いています。皮の厚い唐辛子は同じ重さでも粉が多く取れるので、キムジャンをたくさん漬ける家で特に喜ばれる特徴です。
唐辛子祭りから名作フェスティバルへ
陰城では長年、晩夏に「陰城清潔唐辛子祭り」が開かれてきました。今は唐辛子祭りと陰城人参祭り、陰城郡花祭りを一つにまとめた「陰城名作フェスティバル」として開かれています。2024年が3回目で、郡の農特産物ブランド「陰城名作」を広めることが目的です。 2024年は9月5日から8日まで、金旺邑のクムビッ近隣公園一帯で開催されました。名作市場の販売ブースでは唐辛子をはじめとする農特産物を手頃な価格で販売し、買った唐辛子をその場で有料の製粉サービスで粉にしてもらうこともできました。展示館では唐辛子を含む主な農特産物が紹介されました。 日程と会場は年によって変わることがあるので、訪問前に陰城郡の案内を確認するとよいでしょう。
陰城の唐辛子の楽しみ方
唐辛子はそれ自体が料理というより、韓国料理の味を支える材料です。キムチやコチュジャン、チゲや和え物の赤い色と辛さは、すべて干した唐辛子をひいた粉唐辛子から生まれます。そのため韓国では、キムジャンの季節を前にした晩夏から秋にその年の唐辛子を買い、一年分の粉唐辛子を用意する家庭が多いのです。 陰城に立ち寄るなら、祭り会場や直売市場で干し唐辛子を買い、その場で製粉所でひいてもらうのが一番「陰城らしい」体験です。選ぶときは、色がそろって鮮やかか、皮が厚いかを見てください。隣の槐山も唐辛子で知られる町なので、秋に忠清北道の内陸を巡ると、日差しの下で赤く干される唐辛子をよく見かけます。その風景こそがこの地域の秋のあいさつです。