
丸ごと揚げた人参の天ぷら · 写真: Eugene Kim / CC BY 2.0 (Wikimedia Commons)
錦山の高麗人参:1500年の伝説と人参の天ぷら
韓国で「高麗人参」といえば、まず思い浮かぶのが忠清南道の錦山(クムサン)です。孝行息子・姜処士の「開蔘址」伝説、世界農業遺産になった山すその人参畑、全国の人参が集まる市場と秋の祭り、そして生の人参を丸ごと揚げた人参の天ぷらまで、錦山の人参をおいしく楽しむ方法をまとめました。
孝行息子・姜処士と開蔘址の伝説
錦山の人々が語る高麗人参の始まりは、約1500年前の説話です。いまの南二面あたりに住んでいた姜処士という人が、母の病を治そうと観音窟で100日間祈りを捧げたところ、夢に山の神が現れてある草を教えてくれました。その根を煎じて飲ませると母の病は治ったといいます。姜処士がその種を村に植えたのが、錦山の人参栽培の始まりと伝えられています。 最初に人参を植えた場所は「開蔘址(ケサムト)」と呼ばれ、毎年、人参祭りの最初の行事である開蔘祭がここで行われます。農村振興庁のウェブマガジンは、この話を孝行への報いにとどまらず、良い薬草を周りの人と分かち合おうとした心として読むこともできると紹介しています。伝説ではありますが、錦山の人々が人参をどう見ているかがよく分かります。
山すその人参畑と日よけ
錦山を通ると、山すそに黒い遮光幕を斜めにかけた畑がよく目に入ります。農村振興庁のウェブマガジンによると、錦山の人参畑はたいてい北向きか北東向きの山すそにあり、強い日差しを避けつつ風が通って気温が上がりにくいのだそうです。日よけの設備も斜面に合わせて角度をつけますが、朝鮮後期の記録にも出てくるほど古い方法だといいます。 人参は地力を大きく消耗するため、収穫した畑には別の作物を輪作し、緑肥作物で土を回復させてから再び植えます。これを「循環式移動農法」と呼びます。田んぼでも育て、稲わらは日よけの材料に、山の落ち葉は堆肥に使いました。昔は根を曲げて干した「曲蔘」の形で流通し、「錦山曲蔘」という言葉がよく使われたそうです。
人参で初めての世界農業遺産
2018年7月、国連食糧農業機関(FAO)は「錦山の伝統的な人参農業」を世界農業遺産に登録しました。韓国の農林畜産食品部は、人参としては世界で初めてだと発表しています。 FAOが高く評価したのは、山すそで循環式移動農法により土地を自然に優しく使う点、日差しの向きと風の流れを考える日よけ農法、そして砂利・砂と種を重ねて水を与え、発芽までの時間を縮める伝統的な「開匣(ケガプ)」処理でした。人参の豊作を祈る三場祭(サムジャンジェ)などの行事も文化的価値を認められました。 農村振興庁のウェブマガジンは、伝統的な人参畑が両生類や爬虫類の暮らせる湿り気を保ちつつ、農薬にさらされる機会を減らしていると紹介しています。錦山の人参は根っこ一本ではなく、畑と山と風習がひとつになった農業景観として認められたわけです。
人参が集まる市場と秋の祭り
錦山は高麗人参の集散地です。2015年のソウル新聞は、錦山の人参薬草市場を約1500の店が集まる国内最大の人参薬草市場と紹介しました。全国の人参のうちどれほどがここを通るかは資料によって異なり、ソウル新聞は流通量の70%、ウィキペディアは生産量の80%が取引されると書いています。 秋には祭りが開かれます。ソウル新聞によると、1981年10月1日に開蔘址の発見を記念した「錦山人参祭」が始まりで、1997年の第17回から「錦山人参祭り」、2023年からは「錦山世界人参祭り」という名前になりました。2024年には過去最多の約115万人が訪れたそうです。2025年は9月19〜28日に錦山世界人参エキスポ広場と人参薬草通り一帯で開かれました。日程は毎年変わるので事前に確認しましょう。
人参の天ぷらから人参魚粥まで
錦山でまず味わいたいのが人参の天ぷら(インサムティギム)です。生の人参に衣をつけて丸ごと揚げたもので、2024年のソウル新聞は、祭りの会場で人参マッコリや人参パン、紅参ラテとともに人参の天ぷらに人が集まったと伝えています。外はさくっと、中はほろ苦く、人参の苦みに慣れない人でも比較的食べやすい一品です。 しっかり食べたいなら人参魚粥(インサムオジュク)。2015年のソウル新聞によると、済原面の川内里など錦江沿いの郷土料理で、錦江の上流でとれたコウライケツギョ、ナマズ、コイ、フナなどの川魚に人参を入れてじっくり煮込み、スジェビや麺を加えてとろりと仕上げます。川内里一帯には人参魚粥村があり、オイカワなどの小魚を甘辛くカリッと焼いたトリベンベンイを添えると格別だそうです。市場を見て回ったあと、川辺で魚粥を一杯。それで錦山の味をひと通り楽しめます。