歴史
江景の塩辛 · 写真: hwayoungjung / CC BY-SA 2.0 (Wikimedia Commons)

江景の塩辛 · 写真: hwayoungjung / CC BY-SA 2.0 (Wikimedia Commons)

韓国忠清南道 · 論山

江景の塩辛:朝鮮三大市場が塩辛の町になるまで

忠清南道論山市の江景(カンギョン)邑は、錦江の水運のおかげで平壌・大邱と並ぶ朝鮮三大市場と呼ばれた港町です。鉄道と河口堰で水運が途絶えた後、魚を扱う技が塩辛(チョッカル)づくりに受け継がれ、今では全国の塩辛流通の中心になりました。港の盛衰と塩辛市場の楽しみ方をまとめました。

6分で読める4

三つの川が出会う港

江景(カンギョン)は、錦江に論山川と江景川が流れ込む場所にあります。黄海の満ち潮が江景までさかのぼってきたため、海の船が内陸深くまで入ることができ、早くから海の道と陸の道を結ぶ港として栄えました。ウィキペディアによると、高麗時代には税として集めた穀物を運ぶのに使われ、朝鮮初期には恩津県の税穀を集めておく「江倉」がありました。 朝鮮後期、江景浦は咸鏡道の元山と並んで「朝鮮二大浦口」と呼ばれ、1日に100隻あまりの船が出入りし、群山や公州との間には定期船が毎日通っていたといいます。黄海の海産物や塩がここで陸揚げされ、忠清道や全羅道の内陸へ売られていきました。江景の塩辛の物語は、この港から始まります。

平壌・大邱と肩を並べた江景市場

港が栄えると市場も大きくなりました。ウィキペディアによると、17世紀末に江景川のほとりに「下市場」が開かれたのが江景市場の始まりで、1808年に湿地を埋め立てて大きな市場に成長しました。1868年には住民の建議で玉女峰の下に「上市場」ができ、それ以降は下市場が主に農産物を、上市場が主に海産物を扱いました。 このころから江景市場は、平壌・大邱と並ぶ朝鮮三大市場と呼ばれるようになります。1909年の年間取引額は約217万ウォンで、全国の市場で1位だったと伝わります。お金が集まると、1911年には民族資本の韓一銀行江景支店が開業し、1920年代には忠清南道で最初に電気が通ったといいます。通りに残る近代建築が、当時の繁栄を物語っています。

水運が途絶え、塩辛が残った

しかし栄華は長く続きませんでした。1899年に群山が開港すると錦江下流の商圏は群山へ移り、1905年に京釜線、1910年代に湖南線が開通すると、物資は江景の水運を通らなくなりました。朝鮮戦争で江景市場は大きく破壊され、1970年の湖南高速道路開通で物流の中心としての役割はさらに弱まります。1990年11月に錦江河口堰が完成し、水路は完全に途絶えました。 ところが、港の景気が傾き始めた1970年代から、かえって塩辛の市場が注目されるようになります。港の全盛期には魚の取引の陰に隠れていた塩辛が、魚を扱ってきた商人たちの腕とともに主力になったのです。原料は錦江ではなく全羅南道の新安など西海岸から陸路で運ばれていたため、水路が絶えたあとも塩辛の加工は生き残りました。

今日の江景塩辛市場

江景の人々は、塩辛で町をよみがえらせようと決めました。1997年、当時の論山市長が「江景よみがえり運動」を提唱し、その年の10月に最初の塩辛祭りが開かれます。祭りは2002年に国の文化観光祭りに選ばれ、2007年には江景一帯が発酵塩辛産業特区に指定されました。 市場の規模も着実に大きくなりました。ウィキペディアにまとめられた資料によると、1980年代半ばに21軒だった海産物店は2003年に86軒、2008年ごろには塩辛の生産・流通業者が130軒あまりに増えました。2022年の報道は塩辛の卸・小売店を約140軒とし、全国の塩辛流通量の半分以上が江景を通ると分析しています。店は一年中10〜15℃に保つ洞窟のような貯蔵庫で塩辛を熟成させ、キムチ漬けを控えた7月中旬から12月初めが書き入れ時です。

祭りと近代の街並みをあわせて楽しむ

江景塩辛祭りは毎年秋、江景浦口一帯で開かれます。2026年の第30回は10月15日に開幕して4日間行われ、論山の上月サツマイモと組んで、キムチ漬け体験や公演、花火などが行われました。日程は毎年変わるので、論山市の案内を確認してください。 塩辛を買うだけで帰るのはもったいない。町の機能が衰えたあと開発があまり進まなかったおかげで、江景は忠清南道で近代建築が最も多く残る地域とされ、旧韓一銀行江景支店や旧江景労働組合など10件ほどが国の登録文化遺産になっています。旧韓一銀行の建物は2012年から江景歴史館として使われています。港のすぐ上の玉女峰に登れば、錦江と論山平野が一望できます。塩辛を買うならクーラーボックスを持っていきましょう。

#江景の塩辛#論山#江景塩辛祭り#チョッカル#忠清南道の郷土料理
江景の塩辛:朝鮮三大市場が塩辛の町になるまで | TastyLog