
驪州のさつまいも · 写真: Scudsvlad / CC BY-SA 4.0 (Wikimedia Commons)
驪州のさつまいも:南漢江沿いの砂まじりの畑が育てた京畿道の代表いも
驪州は京畿道でさつまいもを最も多く育てる町として知られています。対馬を経て朝鮮に伝わったさつまいもの歴史、驪州の畑の砂まじりの土、手に収まるサイズが人気の理由、千人以上が一緒に焼きいもを分け合う秋祭りまでまとめました。
対馬を経てやって来たさつまいも
さつまいもは朝鮮半島に昔からあった作物ではありません。韓国語版ウィキペディアによると、朝鮮の人々は中国の文献を通じてさつまいもを「甘藷(カムジョ)」という名前で知っており、よく知られる伝来の話は英祖の時代、1763年に始まります。通信使として日本へ渡った趙曮が対馬からさつまいもを持ち帰り、東莱(今の釜山)に植えさせましたが、冬越しの方法がわからず全部凍ってしまったそうです。翌年、東莱府使の姜必履が再び種いもを手に入れて植え、栽培法をまとめた『甘藷譜』を著しました。もっと早く光海君の頃にすでに伝わっていたという記録もあり、資料によって違いがあります。 「コグマ」という名前は日本語、とくに対馬の方言から来たとする見方があります。対馬では今もさつまいもを「孝行芋(こうこういも)」と呼ぶそうです。本格的な栽培は18世紀後半からでした。
京畿道のさつまいもの中心・驪州
韓国語版ウィキペディアは、国内のさつまいもの主産地として江華・驪州・論山・海南などを挙げています。なかでも驪州は、京畿道内で圧倒的な割合を占めてきました。京畿道農業技術院の研究報告によると、2004年の京畿道のさつまいも栽培面積3,849haのうち、驪州が2,076haと約6割を占めていました。 驪州は南漢江が町を横切って流れる土地です。同じ報告は、驪州・利川地域を代表する畑の土を砂まじりの「砂壌土」と紹介しています。水はけのよい土は地中でいもが育つさつまいもに向いており、驪州市農業技術センターも「地中で育つ作物だから土の管理が肝心」として農家向けの講習を行ってきました。最近の地元メディアは、驪州のさつまいもを「寒暖差の大きい野で育った、甘くて食感のやわらかいいも」と紹介しています。
片手に収まるサイズが人気の理由
市場で驪州のさつまいもを選ぶときは、形と大きさに注目しましょう。京畿道農業技術院の報告は、消費者が好むさつまいもを両端が短くすぼまった紡錘形で重さ50〜250gほどと説明し、こうしたいもが驪州・利川地域のブランド特産品になったと書いています。大きすぎず、一度に焼いたり蒸したりしやすく、中まで均一に火が通るサイズです。 ただし同じ報告は悩みも伝えています。限られた畑で長く連作を続けたためつる割れ病などの土壌病害が増え、2000年頃に驪州・利川で育てていた品種の約92%が病気に弱い日本からの導入品種だったというのです。そこで研究機関は病気に強い国内育成品種を試験し、驪州の土に合ういもを探してきました。今日食べる驪州のさつまいもの裏には、こうした品種交代の時間も詰まっています。
五穀ナル祭りと焼きいも
驪州のさつまいもをいちばんにぎやかに楽しめるのが、秋の「驪州五穀ナル祭り」です。祭りは、驪州の米やさつまいもなどの農特産物を昔の照浦(チョポ)の渡し場から船で漢陽へ送っていた話をもとにしていて、渡し場や市場通りを再現し、献上の行列を繰り広げます。2018年には6年連続で京畿観光の代表祭りに選ばれました。 いちばんの目玉は「焼きいもギネス」。とても大きな焼きいも用の釜で驪州産のさつまいもを一度に焼き、参加者みんなで分け合うイベントで、2018年には1,800人が同時に焼きいもを楽しめる規模で行われました。2026年の祭りは10月23日から25日まで、神勒寺観光地一帯で入場無料で開かれると案内されています。日程やプログラムは年によって変わることがあるので、出かける前に確認しましょう。
驪州さつまいもの楽しみ方
韓国でさつまいもは、おやつであり冬の風景でもあります。皮ごと焼いた焼きいも、蒸し器で蒸した蒸しいもが最も一般的で、道端の焼きいもの釜は今も韓国の冬を象徴する光景の一つです。ほくほくした栗いもと、しっとりして甘みの濃いかぼちゃいものように、食感で選ぶ楽しみもあります。 驪州を訪れるなら、神勒寺や南漢江の川辺と一緒に巡るのがおすすめです。秋の収穫期には農産物直売所や祭り会場で箱ごと買っていく人が多くいます。驪州市は最上級のさつまいもだけを別途選別・検証して共同ブランドで出す制度も運営していると報じられています。持ち帰ったら冷蔵庫より涼しく風通しのよい場所に置くのが一般的で、食べる前に焼けば驪州の畑の甘さをそのまま味わえます。