
乾燥かんぴょう · 写真: Sakurai Midori / CC BY-SA 3.0 (Wikimedia Commons)
栃木のかんぴょう:国産の99%を生む夏の早朝の白い帯
巻き寿司の中の甘辛い茶色の帯、かんぴょう。その国産のほとんどは、日光のある栃木県で作られています。1712年の藩主の国替えから始まったという歴史、夏の早朝にユウガオをむいて干す風景、のり巻き以外の栃木の食べ方をまとめました。
かんぴょうとは
かんぴょうは、ウリ科のユウガオの果肉を薄く細長い帯状にむいて干した食材です。乾いた状態では白くパリッとしていますが、水で戻して醤油と砂糖で甘辛く煮ると、やわらかく弾力のある食感になります。日本ではのり巻きの具として最もなじみがあります。 そのかんぴょうの国産のほとんどは、ひとつの県で作られています。栃木県の資料によると、国産かんぴょうの99%以上が栃木県産です。20世紀以降は栃木県南部が主産地となっており、日光へ向かう途中に通る栃木の平野こそ、日本のかんぴょうのふるさとといえます。輸入品が増えた今も、「国産かんぴょう」といえば栃木産のことです。
1712年、藩主が旧領から種を取り寄せる
栃木のかんぴょうの始まりとされるのは1712年の出来事です。近江国水口藩(現在の滋賀県甲賀市)の藩主だった鳥居忠英が下野国壬生藩(現在の栃木県壬生町)へ国替えになった際、水口からユウガオの種を取り寄せたことが、栃木のかんぴょう生産の始まりといわれています。 水口はもともとかんぴょうで知られた土地で、歌川広重の「東海道五十三次」の水口の図にも名物かんぴょうを作る人々が描かれているほどです。壬生藩は栽培を奨励し、藩主・鳥居忠燾がかんぴょう料理を食べていたことを示す『御献立帳』も残っています。今、壬生町はこの歴史を生かしてかんぴょう料理をご当地グルメとして売り出し、ユウガオを使ったスイーツも登場しています。
日の出前にむき、二日かけて干す
かんぴょう作りは真夏の仕事です。4月半ばに苗を植え、5月には畑に藁を敷いて乾燥や病気を防ぎます。実が7〜8キロほどに育つ夏に収穫してすぐ加工しますが、気温の低い日の出前の早朝に作業するのが一般的です。 伝統的には実を輪切りにしてワタをくりぬき、手鉋で内側から削っていましたが、栃木などの主産地では機械を使います。実を回転させながら、まず硬い外皮を取り、続いて白い果肉を帯状に長くむいていきます。むいた帯は伝統的に二日かけて干し、一日目は竹竿に吊るし、二日目に長さを切りそろえてゴザの上に広げます。雨などで三日以上かかると茶色く変色してしまうそうで、夏の天気との勝負でもあります。
のり巻きのかんぴょう、そして「鉄砲巻き」
かんぴょうの最も一般的な使い道は寿司です。甘辛く煮たかんぴょうだけを巻いた細巻きの「かんぴょう巻き」は寿司店の古くからの定番で、具だくさんの太巻きにも欠かせません。 半分に切った海苔で細く巻き、かんぴょうを入れたものは「鉄砲巻き」とも呼ばれ、黒く細長い姿が鉄砲に似ていることからこの名があります。寿司屋の符牒ではかんぴょう巻きを「木津巻き」ともいい、その由来には諸説ありますが、そのひとつは水口藩内のかんぴょう産地だった「木津」に由来するという説です。栃木のかんぴょうのルーツが水口にあることを思えば、寿司屋の符牒にもかんぴょうの長い旅が隠れているわけです。
栃木では汁物にも炒め物にも
主産地の栃木では、かんぴょうは寿司だけのものではありません。煮物、炒め物、きんぴら、卵入りのかんぴょう汁、酢の物など、日々のおかずに幅広く使われます。かんぴょう作りで余ったものを使ったという「かんぴょうの卵とじ」も郷土料理として知られ、かんぴょう汁は地元の学校給食にも登場します。 旅行者がかんぴょうを買うときに知っておくとよいこともあります。市販品には亜硫酸ガスで燻蒸した漂白品と、燻蒸しない無漂白品があります。食品衛生法では乾燥品1kgあたりの亜硫酸の残存量を5.0g未満と定めています。日光や栃木各地の土産物店や直売所で「栃木県産」の表示があるかんぴょうを探してみてください。軽くて日持ちするので、お土産にもぴったりです。