
アイスクリーム発祥の地とされる横浜・馬車道 · 写真: 663highland / CC BY 2.5 (Wikimedia Commons)
馬車道の「あいすくりん」:1869年、横浜で初めて売られた日本のアイスクリーム
日本で初めてアイスクリームが製造・販売されたのは、横浜・馬車道とされています。アメリカで初めてアイスを味わった使節団の話から、高すぎて一度は失敗した最初の店、5月9日「アイスクリームの日」をめぐる誤解までまとめました。
1860年、アメリカで初めて味わった「氷菓」
日本人が初めてアイスクリームを口にしたのは1860年(万延元年)とされています。日米修好通商条約の批准書交換のために渡米した幕府の使節団が、現地でアイスクリームを振る舞われたというものです。このとき太平洋を渡ったのが有名な咸臨丸です。 当時の日本には牛乳を飲む習慣も、氷を自由に使える冷凍設備もほとんどありませんでした。初めて見る冷たく甘い食べ物は、使節団にとってかなりの驚きだったことでしょう。 その使節団の一員が、のちに横浜でアイスクリームの商売を始めます。開港の街・横浜が日本のアイスクリームの出発点となった背景には、こうした縁がありました。
1869年、馬車道の氷水屋と「あいすくりん」
1869年(明治2年)、使節団の一員だった町田房造が横浜・馬車道通りに「氷水屋」を開き、「あいすくりん」を製造・販売しました。横浜市の公式観光サイトでも、これが日本のアイスクリームの始まりとして紹介されています。製法は渡米経験のある出島松造から教わったと伝えられています。 材料は生乳、砂糖、卵黄だけというシンプルな配合で、今でいうカスタードアイスに近い味だったそうです。氷の入手が難しい時代で、出島の記録には富士山麓の氷穴や函館の天然氷を使ったという話も残っています。「馬車道」の名は、開港後に外国人が馬車で行き来した道であることに由来します。
高すぎて一度はつまずいた最初のアイス
あいすくりん一人前の値段は2分だったといいます。現在の価値でいえば約8,000円にもなる高額です。なじみがないうえに高価とあっては簡単には売れず、1869年の初年度は大赤字で一時休業したそうです。 転機は翌年に訪れます。『横浜沿革誌』によると、1870年4月、伊勢山皇大神宮の祭礼に合わせて再開したところ好調で、人気を取り戻したといいます。祭りに集まった人たちが冷たく甘い新しい食べ物を味わい、評判が広まったのでしょう。 出島松造が明治天皇にあいすくりんを献上したという記録もあり、この新しいデザートが少しずつ日本社会に根づいていったことがうかがえます。
5月9日「アイスクリームの日」と馬車道の記念像
日本には5月9日の「アイスクリームの日」があります。日本で初めてアイスクリームが製造・販売された日と紹介されることが多いのですが、実際には1960年代にアイスクリーム業界団体が制定した記念日です。町田の店が5月9日に開業したという話は『横浜沿革誌』にも記述がなく、根拠は確認されていません。制定年も1964年、1965年と資料によって異なります。 馬車道には「アイスクリーム発祥の地」を記念して1976年に設置された、彫刻家・本郷新の「太陽の母子像」が立っています。原料のミルクから着想し、母乳で子を育む母を表現したものといわれ、台座には明治2年6月にこの地で町田房造が氷水店を開業したと記されているそうです。一方で、1865年に居留地の外国人が先にアイスクリーム店を開いたという説も伝わっています。
今の馬車道での楽しみ方
馬車道は、みなとみらい線馬車道駅とJR関内駅の間にある通りで、赤レンガの歩道や旧銀行の建物、ガス灯が開港時代の雰囲気を伝えています。通りには「日本で最初のガス灯」の記念碑もあり、「はじめて」を探して歩く楽しさがあります。 横浜市の公式観光サイトによると、今は乳業メーカーが明治のあいすくりんを現代風に再現したアイスを販売しています。牛乳と卵黄のコクが濃いカスタード風なので、今のなめらかなソフトクリームと食べ比べてみるのも一興です。 馬車道散歩は、赤レンガ倉庫や中華街、牛鍋の老舗がある関内エリアと組み合わせて、半日コースで楽しむのがおすすめです。