歴史
坊っちゃん団子(抹茶・卵・小豆) · 写真: Fred Cherrygarden / CC BY-SA 4.0 (Wikimedia Commons)

坊っちゃん団子(抹茶・卵・小豆) · 写真: Fred Cherrygarden / CC BY-SA 4.0 (Wikimedia Commons)

日本松山

坊っちゃん団子:漱石の小説に出てくる団子が松山銘菓になるまで

抹茶・卵・小豆の3色の団子を串に刺した坊っちゃん団子は、松山を代表するお菓子です。小説『坊っちゃん』のどの場面から生まれたのか、作中の団子は実際どんなものだったのか、選び方・食べ方のコツまでまとめました。

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3色の団子

坊っちゃん団子は、色の違う団子を3個串に刺した松山の銘菓です。現在最もポピュラーなのは上から抹茶・卵・小豆の順で、緑・黄・茶が並ぶ姿がかわいらしいお菓子です。餅を餡で包んだタイプが多く、ひと口かじるともちっとした生地となめらかな餡が一緒に味わえます。 道後温泉商店街をはじめ松山市内のみやげ物店、ホテル・旅館、駅や港、空港の売店などどこでも買えるので、松山に来れば一度は目にするお菓子です。複数の菓子店がそれぞれの坊っちゃん団子を作っていて、店ごとに大きさや甘さ、日持ちが少しずつ違います。

小説『坊っちゃん』と松山

名前は夏目漱石の小説『坊っちゃん』に由来します。漱石は1895年に英語教師として松山の中学校に赴任して約1年を過ごし、その体験をもとに1906年に『坊っちゃん』を発表しました。江戸っ子で無鉄砲な青年教師が田舎の中学校で騒動を起こす物語で、今も日本で最も読まれている小説の一つです。 作中に松山という地名は出てきませんが、主人公が通う温泉町「住田」は道後温泉を、学校は漱石が勤めた中学校をモデルにしたとされます。そのため松山には坊っちゃん列車や坊っちゃんカラクリ時計など小説にちなんだものが多く、坊っちゃん団子もその一つです。

作中の団子の場面

主人公は赴任4日目の晩、住田という所へ行って団子を食べます。作中では、その団子屋は遊廓の入口にあって大変うまいという評判だったので、温泉に行った帰りがけにちょっと食ってみた、と書かれています。ところが誰も知るまいと思っていたのに、翌日教室の黒板には「団子二皿七銭」、二時間目には「遊廓の団子旨い旨い」と書かれていました。 その前に天麩羅蕎麦を四杯平らげて黒板に「天麩羅先生」と書かれた騒動に続く場面で、小さな町では何をしても生徒に知れ渡ってしまう主人公の姿をユーモラスに描いています。この短いエピソードが、100年以上たった今、松山の名物菓子につながっているのです。

作中の団子と今の坊っちゃん団子

実は作中の団子は、今の3色の坊っちゃん団子とは別物でした。当時道後で売られていたのは「湯晒団子」で、赤餡と白餡の団子を三つ串に刺したものだったといいます。道後温泉本館の東方の丘にあった茶店で一串5銭で売られていたとされます。 今のような坊っちゃん団子は1921年(大正10年)に道後の菓子舗の店主が開発し、この頃から「坊っちゃん団子」と名付けられたと伝えられます。この菓子舗は漱石が松山赴任時に通った店とされています。作中の団子屋の場所に今は団子店はありませんが、道後の商店街では原点の湯晒団子も今なお味わえます。

選び方・食べ方のコツ

坊っちゃん団子は餅菓子なので、作りたてが一番おいしいお菓子です。道後温泉商店街には1本から買える店もあるので、湯上がりに緑茶と一緒に味わえば、作中の主人公のように温泉帰りの団子を楽しめます。抹茶はほろ苦く、卵と小豆はより甘く感じられることが多いです。 おみやげに買うなら箱の賞味期限を必ず確認しましょう。同じ坊っちゃん団子でも、数日で食べきる必要があるものから比較的日持ちするものまで店によって大きく違います。生地が固くなったら少し常温に置くとやわらかくなります。冷蔵庫に入れると餅が固くなりやすいので、涼しい常温での保存がおすすめです。

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