
薄切りにしたあわびの煮貝 · 写真: Kentin / CC BY-SA 4.0 (Wikimedia Commons)
あわびの煮貝:海のない山梨が鮑の名産地になった理由
四方を山に囲まれた山梨の名物の一つが、鮑を醤油で煮た「煮貝」です。馬の背に揺られて峠を越える間に味がしみたという言い伝えや江戸時代の記録、刺身風とステーキ風の食べ方までまとめました。
山国の海の名物
山梨県は海に面していない内陸県の一つで、富士山や南アルプスなどの高い山々に囲まれています。その山国を代表する名物の一つが、意外にも鮑です。殻から外した鮑を丸ごと醤油味の煮汁で煮た「あわびの煮貝」、略して煮貝と呼ばれます。 農林水産省「うちの郷土料理」は、煮貝をほうとうや吉田のうどんと並ぶ山梨の郷土料理として紹介しています。保存性の高い食品で、長旅を経て味がよくしみたことで評判になり、今も祝い事や贈答品に使われるといいます。山梨県の観光サイトも、海の幸が手に入りにくい甲州で、煮貝が長く名物として親しまれてきたと記しています。
馬の背で味がしみたという言い伝え
煮貝の誕生には、よく知られた話があります。山梨県の観光サイトによると、駿河湾の沼津に出た甲州商人が、帰路に陸揚げされた鮑を浜で煮込んで醤油樽に漬け込みました。それを馬の背に乗せて御殿場、須走、籠坂峠を越える間に、醤油がしみて鮑がやわらかく熟成したというのです。 一方、農林水産省の資料は、江戸時代末期に沼津港の魚問屋が伊豆七島でとれた鮑を甲斐国へ送ったのが始まりと伝えています。いずれにしても、海のない土地へ海の幸を運ぶため、醤油に漬けて日持ちさせた点は共通です。「馬の背で味がしみた」というくだりは、言い伝えとして楽しむのがよいでしょう。
記録に残る煮貝と武田信玄
伝説とは別に、文献で確かめられる話もあります。日本語版ウィキペディアによると、煮貝の初出は文政12年(1829年)の日記で、「尓加以(にがい)」と記されています。天保8年(1837年)には中元として煮貝が贈られた記録もあり、江戸時代後期にはすでに貴重な贈答品だったことがわかります。 武田信玄にまつわる話もあります。山梨県の観光サイトは、信玄が鮑を重んじ、激戦での栄養補給や来客のもてなしに用いたと言われ、信玄の叔父・勝沼氏の館跡から茶碗や箸と一緒に鮑の殻が出土していると紹介しています。今の煮貝に直接つながる証拠ではありませんが、山国の「海へのあこがれ」を物語るエピソードです。
刺身風か、ステーキ風か
煮貝は鮑を丸ごと醤油味の煮汁で煮て、煮汁ごと詰めて売られることが多い品です。食べ方は大きく二つ。刺身風なら煮汁を切り、身を薄くスライスしてそのままいただきます。写真のように切り口はしっとりとして弾力があり、酒の肴にぴったりです。 ステーキ風なら、切り身を熱した鉄板で焼きます。醤油の香ばしさが立ち、温かく味わえます。商品によっては刺身用とステーキ用に分かれているので、包装の表示に従いましょう。なお、鮑と同じミミガイ科のトコブシを使った類似品は「あわび」を付けず、単に「煮貝」と呼ばれるので、買うときは名前を確かめてみてください。
今の煮貝と選び方
煮貝は今も山梨の高級特産品です。甲府周辺の老舗や百貨店、土産物店で売られており、祝いの席の料理や大切な贈り物としてよく使われます。農林水産省は、地元のメーカーが多様な商品をつくっていると紹介しています。 知っておきたい点もあります。日本語版ウィキペディアによると、現在使われる鮑は輸入物が多く価格も高めで、自ら鮑の養殖に取り組むメーカーも出てきています。購入時はパッケージで鮑の種類や原産地を確かめるとよいでしょう。丸ごと一つが大げさに感じるなら、小分けの商品や、ほかの魚介の煮物も見比べてみてください。河口湖など富士五湖の旅で甲府を通るなら、ワインや桃と一緒に「海のない国の海の名物」をお土産リストに加えてみては。