歴史
1 / 2
タレを塗って焼いたわらじ型の五平餅 · 写真: Kunmap / CC BY-SA 4.0 (Wikimedia Commons)

タレを塗って焼いたわらじ型の五平餅 · 写真: Kunmap / CC BY-SA 4.0 (Wikimedia Commons)

日本高山

飛騨の五平餅:神に供えた串餅と、えごまの「あぶらえだれ」

半つきにしたご飯を串につけ、タレを塗って焼く五平餅は、中部地方の山あいの郷土料理です。木こりに始まったという由来や名前の諸説、地域で違う形とタレ、飛騨で親しまれるえごまのタレまでまとめました。

5分で読める0

中部の山あいの串餅

五平餅は、ご飯をつぶして串につけ、タレを塗って焼いた郷土料理です。日本語版ウィキペディアによると、粒が残る程度に半搗きにしたうるち米のご飯を平たく串につけ、タレを塗って焼きます。餅米ではなくご飯で作るので、もっちりしながらも米粒の食感が残っています。 食べられているのは、長野県の木曽・伊那地方、岐阜県の東濃・飛騨地方、富山県南部、愛知県の奥三河地方、静岡県の一部など、中部地方の山間部です。長野県では「御幣餅」の名で県の選択無形民俗文化財(味の文化財)に選ばれています。米が貴重だった時代には、祭りや祝いの席で食べるごちそうだったといいます。

木こりのたき火から神への供え物へ

農林水産省「うちの郷土料理」は、五平餅の始まりをこう紹介しています。江戸時代中期、長野県の木曽地域とその周辺で、木こりたちが伐採で出た木の切れ端に飯を握りつけてたき火で焼き、味噌をつけて食べたのが始まりとされます。 やがて山仕事の無事を祈って神に供えられるようになりました。岐阜県では秋の収穫後に新米で五平餅を作り、収穫への感謝と翌年の豊作を祈って神前に供え、農繁期の食事としても親しまれてきました。県東部の恵那・中津川地域では、客人をもてなすごちそうとしても出されていました。今では気軽に買える軽食ですが、その根には山に暮らす人々の祈りが込められています。

「五平」という名前の謎

名前の由来にも諸説あります。農林水産省によると、最も一般的なのは、神に供える「御幣」、つまり神社で使う紙垂をつけた棒に形が似ていることから名付けられたという説明です。平たい餅を串につけた姿は、たしかに御幣を思わせます。 一方、16世紀中ごろの武田信玄と上杉謙信による「川中島の戦い」の際に、美濃(今の岐阜県南部)出身の「五平」という人物が兵に振る舞ったのが始まりという説もあります。日本語版ウィキペディアは、「五平」や「五兵衛」という樵や猟師などが初めて作ったという伝承が各地にあると紹介しています。そのため「五平餅」と「御幣餅」の二つの表記が併用されています。

形とタレの地図

五平餅は地域や家庭によって形がさまざまです。農林水産省はわらじ型、平たい団子型、丸い団子型などを紹介し、日本語版ウィキペディアは御幣型、ひょうたん型、木の葉型も挙げています。代表写真のわらじ型がいちばんおなじみで、串に丸い団子を刺した形もあります。 タレにも地域色がはっきり出ます。農林水産省によると、基本は味噌味、醤油味、両者を混ぜたものの3種類で、中山道を境に北は醤油味、南は味噌味が多くなります。隠し味はくるみや落花生が一般的ですが、岐阜県東部の東濃地域の一部では、クロスズメバチの幼虫「へぼ」を使うところもあります。峠を一つ越えると味が変わるわけです。

飛騨の味、えごまの「あぶらえだれ」

飛騨の五平餅に欠かせないのが「えごま(荏胡麻)」です。えごまは韓国でいうトゥルケと同じ植物で、飛騨では「あぶらえ」とも呼ばれます。高山市は市民の意見への回答で、「飛騨地方では、古くから『えごま(あぶらえ)』を使った五平餅が親しまれており、市内でも多くの店舗で『あぶらえだれ』の五平餅が提供されています」と述べています。 この回答は、えごまの五平餅がただの甘い味噌に変わっていくとして文化を守ってほしいという意見に応えたもので、市は地域の協議会を通じた助成などであぶらえの生産振興に取り組んでいると説明しています。高山で五平餅を買うなら、店先に「えごま」や「あぶらえ」と書かれているか見てみてください。

#五平餅#えごま#飛騨#高山#岐阜の郷土料理
飛騨の五平餅:神に供えた串餅と、えごまの「あぶらえだれ」 | TastyLog