歴史
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餡を包んだ三角の生八ツ橋 · 写真: Ocdp / CC0 (Wikimedia Commons)

餡を包んだ三角の生八ツ橋 · 写真: Ocdp / CC0 (Wikimedia Commons)

日本京都

八ツ橋:焼きと生、京都みやげ菓子の二つの顔

京都みやげといえば真っ先に名前が挙がる八ツ橋。ニッキが香るパリッとした焼き八ツ橋と、餡を包んだもちもちの生八ツ橋はどう違うのか。名前の二つの由来、みやげ菓子になるまでの歴史、選び方のコツをまとめました。

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八ツ橋はもともと「焼き菓子」だった

八ツ橋は京都を代表する和菓子です。米粉に砂糖と肉桂(ニッキ)を混ぜて蒸した生地を薄くのばして焼いたもので、硬めの煎餅に近いお菓子です。少し反った長方形は、箏(こと)または橋をかたどったものといわれます。かじるとパリッとした食感とともにニッキの香りが広がります。 今では「八ツ橋」と聞いて柔らかい三角形のお菓子を思い浮かべる人が多いですが、それは後に生まれた「生八ツ橋」です。もともとの八ツ橋は焼き菓子で、区別して「焼き八ツ橋」とも呼ばれます。 どちらも米粉・砂糖・ニッキという基本の材料は同じ。生地を焼けばパリッとした焼き八ツ橋、焼かずに切り出せばもちもちの生八ツ橋になるというわけです。

名前の二つの由来:箏の名人か、伊勢物語の橋か

「八ツ橋」という名前には、大きく二つの説があります。 一つは「八橋検校説」。17世紀に活躍し、近世箏曲の祖とされる音楽家・八橋検校をしのび、箏の形をしたお菓子にその名をつけたという話です。検校の墓は京都・黒谷の寺にあります。 もう一つは「伊勢物語説」。平安時代の古典『伊勢物語』に登場する三河国の「八橋」、つまり八つの橋が架けられた場所にちなみ、橋の形にしたという説です。 京都の八ツ橋の業界団体に加盟する会社の間でも、掲げる説は分かれているそうです。いずれの説でも、元禄年間(17世紀末)に原形ができ、享保年間(18世紀前半)に今に近い形になったと説明されています。

駅で売られ、万博へ:みやげ菓子になるまで

八ツ橋が生まれたのは17世紀末ごろと伝えられていますが、正確な年を裏付ける確かな記録ははっきりしないとされます。 みやげ菓子として名を広めたのは明治時代です。鉄道が京都まで通じたあと京都駅で旅行者向けに売られ始め、1900年のパリ万国博覧会に出品されて銀賞を受けたと伝えられます。さらに1915年、大正天皇の即位の礼が京都で行われたことをきっかけに全国に知られるようになりました。 今では京都みやげ菓子の代表格です。京都市の『京都市観光調査年報』(2006年)の土産品買上状況を見ると、菓子の品目では生八ツ橋が24.5%で最も多く、焼き八ツ橋が21.1%で続いています。

生八ツ橋の登場:1960年代に生まれた「焼かない」八ツ橋

今の京都みやげ売り場の主役である生八ツ橋は、1960年代に考案されたといわれます。蒸した生地を焼かずに薄くのばし、四角く切ったもので、もちもちと柔らかい食感が特徴です。先の調査でも、焼き八ツ橋より生八ツ橋のほうが少し多く選ばれていました。 いちばんよく見る形は、正方形の生八ツ橋を半分に折って餡を包んだ三角形。抹茶・ニッキ・果物の餡を包んだものや、生地に抹茶や黒ごまを練り込んだものもあり、季節ごとに新しい味が登場します。 焼き八ツ橋がパリッとして日持ちのするお菓子なら、生八ツ橋はしっとりとした代わりに日持ちの短い「生菓子」。同じ名前のもとで性格のまったく違う二つのお菓子が並んで売られているのが、八ツ橋の面白いところです。

選び方と、おいしい食べ方

贈り物に選ぶとき、まず見たいのは賞味期限です。生八ツ橋は生菓子なので、たいてい数日から1週間ほどで期限が切れます。帰国の日や渡す日を考えて買うのがおすすめです。長く置いて配るおみやげなら、日持ちのする焼き八ツ橋が安心です。 味の決め手はニッキの香り。ニッキが苦手な人には、抹茶や果物の生八ツ橋が無難です。反対に「京都らしい味」を求めるなら、ニッキの定番を選びましょう。 京都駅や市内の主な観光地周辺のおみやげ売り場には、いくつもの業者の八ツ橋が並んでいて、比べながら選びやすくなっています。試食できる売り場も多いので、焼きと生を一つずつ味見して好みを決めるのも手です。温かい緑茶や宇治抹茶を添えると、ニッキの香りがいっそう引き立ちます。

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八ツ橋:焼きと生、京都みやげ菓子の二つの顔 | TastyLog