
木になるいよかん(愛媛県) · 写真: Uncle Carl (カールおじさん) / CC BY-SA 3.0 (Wikimedia Commons)
愛媛とみかん:柑橘王国のいよかん・紅まどんな、そしてみかんジュースの話
愛媛はかんきつ類全体の収穫量で日本トップを争う柑橘王国です。みかん栽培の始まり、松山に伝わり愛媛の顔になったいよかん、愛媛だけの品種、旬と楽しみ方をまとめました。
なぜ愛媛は柑橘王国と呼ばれるのか
愛媛に行くとマンホールのふたにみかんの絵が描かれ、みやげ物店にはみかんジュースや柑橘のお菓子がずらりと並びます。瀬戸内海や宇和海に面した日当たりのよい斜面が多く、昔から段々畑で柑橘を育ててきたからです。 統計で見ると、愛媛は温州みかんでは毎年和歌山・静岡と全国1〜3位を争い、いよかんなどの中晩柑類まで含めたかんきつ類全体の収穫量では全国1位になる年があるほどの存在です。総務省の資料によれば、令和3年産で愛媛のかんきつ類全体の収穫量は全国1位、中晩柑類は2位の和歌山の約2倍でした。
愛媛のみかん栽培の始まり
私たちが普段食べる温州みかんは、約400〜500年前に現在の鹿児島県長島町で生まれたとされます。愛媛県の資料によると、愛媛でのみかん栽培の始まりは江戸時代の終わりごろで、現在の宇和島市吉田町の人々が伊勢参りや四国巡礼で手に入れた苗木を植えたのが始まりとされています。県の研究機関の資料には、吉田町立間の農家が土佐(現・高知県)から温州みかんを導入したことを機に栽培が本格化したという説明もあります。 このように始まりの時期や経緯は資料によって少しずつ異なりますが、南予の海辺の斜面の村で始まったみかん栽培がやがて県全体に広がり、今の柑橘王国になったという流れは共通しています。
松山といよかん
愛媛を代表する柑橘のなかでも、松山と特に縁が深いのがいよかん(伊予柑)です。いよかんは1885年に現在の山口県萩市で発見され、当初は「穴門みかん」などと呼ばれていました。1888年、現在の松山市にあたる温泉郡持田村の養蚕家・果樹園芸家、三好保徳がその苗木を購入し、愛媛で栽培を始めました。 愛媛からの出荷当初は「伊予ミカン」として売られましたが、従来のみかんと混同されるおそれがあったため、次第に「いよかん」へと名前が変わりました。伊予は愛媛の旧国名です。今では全国のいよかん収穫量の約9割が愛媛産で、事実上愛媛の果物になっています。皮は厚めですが手でむけ、果汁が多く香りが豊かです。
愛媛だけの品種
愛媛は独自の新品種の開発にも力を入れてきました。代表的なのが紅まどんなと甘平です。紅まどんなは県が育成した品種「愛媛果試第28号」のうち基準を満たしたものに付けるブランド名で、愛媛県内でしか栽培できません。果肉がゼリーのようになめらかでやわらかいと評される高級柑橘です。 甘平も愛媛が育成したオリジナル品種で、紅まどんなと並ぶ愛媛の高級柑橘として紹介されています。ほかにも愛媛では季節ごとにさまざまな柑橘がリレーのように出回るので、市場やみやげ物店で初めて見る名前の柑橘に出会える楽しみがあります。
旬と楽しみ方
温州みかんは秋から冬、いよかんや紅まどんな、甘平などは冬から早春が旬です。この時期に松山を訪れると、市内の市場やみやげ物店、駅や空港の売店でさまざまな柑橘を一度に食べ比べられます。高級ブランド柑橘は贈答用の箱で、普通のみかんは袋単位で売られることが多いです。 旬でなくても楽しみはたくさんあります。愛媛産柑橘の100%ジュースは品種ごとに飲み比べできる小瓶で売られているものもあり、ゼリーやお菓子も豊富です。松山空港には蛇口からみかんジュースが出る設備があることで知られ、旅行者に人気の記念撮影スポットになっています。設置状況や時間は変わることがあるので、訪問前に確認しましょう。