歴史
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型の模様が入った薄い炭酸せんべい · 写真: Aska27 / CC BY-SA 3.0 (Wikimedia Commons)

型の模様が入った薄い炭酸せんべい · 写真: Aska27 / CC BY-SA 3.0 (Wikimedia Commons)

日本神戸

有馬温泉の炭酸せんべい:「毒水」と恐れられた炭酸泉が菓子になるまで

神戸の北、山あいの有馬温泉を代表するお土産は、紙のように薄くてさくさくの炭酸せんべい。虫や鳥が死ぬと恐れられた炭酸泉が明治に見直され、お菓子やサイダーになった物語と、温泉街での楽しみ方をまとめました。

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有馬温泉と「毒水」の炭酸泉

有馬温泉は神戸市北区、六甲山の北側の山あいにある温泉町で、神戸新聞はその歴史を1500年近いと紹介しています。神戸の中心部からバスや電車で1時間前後で行けるので、神戸旅行に組み込みやすい場所です。 有馬には鉄分の多い茶褐色の湯のほか、炭酸ガスを含む冷たい炭酸泉があります。ところが神戸新聞によると、この炭酸泉が注目されたのは明治時代になってから。それ以前は炭酸ガスのせいで近くの虫や鳥が死ぬことから、地元では「毒水」として恐れられていたそうです。今も有馬温泉ロープウェー駅の近くには「虫地獄」「鳥地獄」と刻まれた石碑が残り、当時の名残を伝えています。

1875年、飲める水と認められる

流れが変わったのは明治初期です。神戸新聞によると、1875年(明治8年)、旅館を営む町の戸長が内務省司薬場に水の分析を依頼し、有用な鉱泉であることが分かりました。日本語版ウィキペディアも、1875年の国の検査で炭酸泉が飲用にも適していると分かったと記しています。 明治10年代の写真には、1杯1銭で炭酸水をくんで飲む人々が写っているそうです。1901年には泉源の近くに鉱泉会社ができて瓶詰めの炭酸鉱泉水を売り出し、1908年にはそこに甘味料や香料を加えた「有馬サイダー」が誕生しました。そのため有馬は日本のサイダー発祥の地の一つとして語られます。生産は1926年に他の土地へ移りましたが、2001年に地元の商店主たちが瓶入りサイダーを復活させ、今も温泉街で味わえます。

炭酸せんべいの誕生

炭酸せんべいは、まさにこの炭酸泉の水を生地に加えて焼いたお菓子です。日本語版ウィキペディアは、1875年に炭酸泉が飲用に適すると分かったあと、それを利用した炭酸せんべいが考案されたと説明し、いくつかの紹介記事は明治時代末期に始まったと伝えています。正確な年や元祖については店ごとに主張が異なり、断定は難しいところです。 もう一つ興味深いのが、チェコの温泉地カルロヴィ・ヴァリ(旧名カールスバート)で売られていた薄い温泉ウエハースをもとに作られたという説です。実際、日本には群馬県の磯部温泉、長崎県の雲仙温泉、愛媛県の道後温泉など、各地の温泉地に似た薄焼き菓子があります。兵庫県内でも有馬のほか、宝塚温泉や城崎温泉の名産とされています。

どんな味?紙のように薄く素朴なお菓子

炭酸せんべいは直径10cmほどの円形で、厚さは1mmほどととても薄く、黄色から黄褐色をしています。表面には焼き型の模様が凹凸になって付いています。ウィキペディアによると、小麦粉、片栗粉、砂糖、食塩、重曹などに炭酸泉の水を加え、型で焼き上げます。 口に入れると「さくっ」と軽く砕け、ほのかな甘さで飽きがきません。バターや卵を使わない素朴なお菓子と紹介する店もあります。店ごとに配合が少しずつ違い味も微妙に異なるので、二、三軒のものを食べ比べるのも楽しいです。湿気に弱いため円筒形の缶や個包装で売られることが多く、割れたものを集めた袋がお得に売られていることもあり、自分用のおやつにぴったり。クリームを挟んだ商品もあります。

温泉街での楽しみ方

有馬温泉の街を歩くと炭酸せんべいを焼く店がいくつもあり、鉄の型で一枚ずつ焼き上げる様子を見られる店もあります。焼きたての温かいせんべいを一枚買って食べると、缶入りとはまた違う香ばしさがあります。 街の上手には炭酸泉が湧く「炭酸泉源公園」があり、神戸新聞によると今も蛇口から炭酸泉の水を味わえます。鉄分を感じるような独特の味と弱い炭酸を確かめてからせんべいを食べると、「この水で焼いたのか」と実感できます。復活した瓶サイダーと一緒に楽しむのも有馬らしい組み合わせです。

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