
4種類の泡盛の飲み比べ · 写真: yajico from Tokyo / CC BY 2.0 (Wikimedia Commons)
泡盛:琉球王府が守った日本最古の蒸留酒、黒麹菌・タイ米・古酒(クース)の話
沖縄の酒・泡盛は、黒麹菌とタイ米で造る日本最古の蒸留酒といわれます。王府が製造を厳しく管理した歴史、戦後の復活、長く寝かせた古酒(クース)と「仕次ぎ」の文化、飲み方をまとめました。
日本最古の蒸留酒
泡盛は沖縄の伝統的な蒸留酒で、よく「日本最古の蒸留酒」と呼ばれます。約600年の歴史を持つ酒とされ、東南アジアとの交流を通じて伝わった技術が沖縄の気候風土に合わせて発展したと説明されています。日本貿易振興機構(JETRO)の資料では、15世紀に琉球で酒造りが行われていた記録があると紹介されています。 「泡盛」という名前が文献に初めて登場するのは1671年、琉球国王が江戸の将軍に贈った献上品の目録だそうです。名前の由来には、蒸留のときに立つ泡と結びつける説などいくつかの説があり、定まっていません。1853年に琉球に立ち寄ったペリー提督一行が、泡盛をフランスのリキュールにたとえたという逸話も伝わっています。
王府が守った首里の酒
琉球王国時代、泡盛は誰でも造れる酒ではありませんでした。観光庁の多言語解説文によると、17〜18世紀には泡盛の製造は首里の崎山・赤田・鳥堀の三つの町に限られ、この三町をまとめて「首里三箇」と呼びました。造ることを許されたのは40人(48人とする資料もあり)だけで、報酬としてわずかに手元に残す分を除き、造った泡盛はすべて王府に納められました。許可なく酒を造ると厳しく罰せられ、流刑になることもあったといいます。 こうして造られた泡盛は首里城内の銭蔵に保管され、国王や貴族が飲んだり、位の高い客人をもてなしたり、祭祀や宮廷の儀式に使われたりしました。17世紀初めから19世紀半ばまでは、将軍への贈り物として江戸に定期的に送られていました。泡盛は王国の外交を支えた貴重な酒だったのです。
黒麹菌とタイ米、そして戦後の復活
泡盛の原料は米と黒麹菌です。JETROの資料によると、米はほとんどが細長いタイ産のインディカ米で、最近は沖縄の米を使う試みも始まっています。黒麹菌はクエン酸を多く生み出して雑菌の繁殖を抑え、高温多湿にも強いので、暑い沖縄でも一年中酒造りができます。米をすべて麹にして仕込む「全麹仕込み」と、一度だけ蒸留する単式蒸留が特徴です。 第二次世界大戦の沖縄戦で、多くの酒造所と代々受け継がれてきた古酒が失われました。1946年に官営で生産が再開されたものの黒麹菌がなかなか手に入らず、破壊された工場から生き残った麹が見つかったことで道が開けたといいます。1949年には民間の酒造所が再び認められました。
古酒(クース)と「仕次ぎ」
泡盛の大きな魅力は、長く寝かせるほど香りが深くまろやかになることです。3年以上貯蔵した泡盛を「古酒(クース)」と呼び、JETROの資料によると2015年8月からは全量を3年以上貯蔵したものだけが「古酒」と表示できるようになりました。いくつかの年数の酒を混ぜた場合は、いちばん短い貯蔵年数を表示します。 古酒を育てる沖縄独特の方法が「仕次ぎ」です。年代ごとに複数の甕に酒を分けておき、いちばん古い甕から飲んだ分を次に古い酒で補い、その甕はさらに次の酒で補う、というやり方です。こうすることで古い酒の香りと味を保ちながら、ずっと楽しみ続けられます。1997年には、2097年に開けることを目指す「百年古酒」の取り組みも始まりました。
旅行者の泡盛の楽しみ方
泡盛は度数が高めなので、初めてなら水で割る水割りから始めるのがおすすめです。JETROの資料が紹介する飲み方には、水割りのほか、オン・ザ・ロック、ソーダ割り、お湯割りがあります。沖縄料理店ではラフテーやチャンプルーなどの料理と一緒に出すのが一般的で、一般酒と古酒を少しずつ飲み比べさせてくれる店もあります。 JETROの資料では、泡盛の酒造所は沖縄本島や久米島、宮古島、石垣島、与那国島などに46酒造所と1組合があり、島ごとに違う酒を探して飲む楽しみがあります。2024年12月には、麹菌を使った日本の伝統的酒造りがユネスコ無形文化遺産に登録され、泡盛もその対象に含まれています。度数が高いのでゆっくりと、そして飲んだ日は運転しないようにしましょう。