
乾しいたけ · 写真: François Nguyen / CC BY 2.0 (Wikimedia Commons)
湯布院のある大分の乾しいたけ:日本一の産地が守るクヌギ原木の味
湯布院のある大分の山あいでは、クヌギの原木でしいたけを育てて乾燥させます。大分県は乾しいたけの生産量日本一。江戸時代に始まった栽培の歴史、原木栽培の仕組み、どんこの選び方と戻し方をまとめました。
なぜ大分は乾しいたけの国なのか
大分県は乾しいたけの日本一の産地です。大分県の資料は全国生産量1位・シェア41%と紹介し、農林水産省の広報誌は全国の半分を占めると書いています。時点によって数字は違いますが、日本の乾しいたけのおよそ4〜5割が大分産だと考えてよいでしょう。 品質の評価も高く、1953年から続く全国乾椎茸品評会で大分県は数十回にわたり団体優勝を果たしてきました。山が多く、クヌギ林が広がる地形が原木栽培に合っていたためです。湯布院を囲む山々のように山深い大分では、県内各地の山あいの集落でしいたけが育てられてきました。
江戸時代の鉈目法と源兵衛の伝説
農林水産省の資料によると、大分のしいたけ栽培は江戸時代初期の寛文年間(1661〜1673年)に始まったとされています。当初は落葉広葉樹の丸太に鉈で切れ目を入れ、自然に菌が付くのを待つ「鉈目法」でした。 この方法を編み出した人物として、炭焼きをしていた「源兵衛」が伝えられています。炭焼きの残り木にしいたけが生えているのを見て切れ目を入れる方法を思いついたという話ですが、出身地を今の佐伯市宇目とする資料と津久見市とする資料があり、伝説として受け止めるのがよいでしょう。菌が付くかどうかは運次第だったため、昭和初期に種菌の培養技術が開発されてようやく安定した生産ができるようになりました。
クヌギの原木で2年
大分の乾しいたけの多くはクヌギの原木で育てます。紅葉のころに木を伐り、葉を付けたまま乾かす「葉枯らし」をしてから種菌を打ち込みます。この丸太を「ほだ木」と呼び、山の中で約2年かけて菌糸をまわしたあと、しいたけが出やすい「ほだ場」へ移します。大分県の資料は約1年半、豊後大野市の広報誌は伐採から収穫まで2年余りかかると説明しています。 ほだ木は3〜5年で収量が落ちるため、山に置いて土に還します。収穫したしいたけは乾燥機で乾かしてから選別します。時間も手間もかかる方法のため、生産者の高齢化と担い手不足が大きな課題とされています。
どんこと良い乾しいたけの選び方
乾しいたけの中でも特に珍重されるのが「どんこ(冬菇)」です。寒い冬にゆっくり育ち、かさが開ききる前に採ったもので、肉厚で風味や食感に優れています。一方、かさが大きく開いた薄手のものは「こうしん(香信)」と呼ばれ、刻んで炒め物や煮物に使いやすいタイプです。 農林水産省の広報誌によると、良質な乾しいたけは肉厚で、かさの裏が鮮やかなやまぶき色をしています。大分の直売所や土産店では大きさや形で等級を分けて袋詰めしていることが多いので、かさの裏の色と厚みを見て選びましょう。乾物なので軽くて日持ちし、旅のお土産にも向いています。
戻し方と大分の食卓
乾しいたけは水に浸けてゆっくり戻して使います。急いでお湯で戻すより、冷たい水に長く浸けておくほうが均一に柔らかくなるとよくいわれます。戻し汁にはしいたけのうま味が出ているので、捨てずにだしや煮物に使うのが日本の家庭の基本。鹿児島の鶏飯など各地の郷土料理のレシピにも、戻し汁をだしとして使うよう書かれています。 大分では煮しめや寿司の具、汁物など日々の料理に乾しいたけがよく登場します。湯布院の旅館や食事処で出る郷土色のある料理でも出会えるので、しいたけの濃い香りと歯ごたえを味わってみてください。直売所で売られている生しいたけと食べ比べるのも、山あいの旅の楽しみです。