
切り分けたかるかん · 写真: Σ64 / CC BY 3.0 (Wikimedia Commons)
かるかん:自然薯と米粉で蒸す薩摩の「殿様菓子」
真っ白でふんわり、もっちりした鹿児島銘菓かるかん。すりおろした山芋と米粉、砂糖だけで蒸すこのお菓子の起源をめぐる諸説、薩摩に根づいた理由、あん入りのかるかん饅頭までまとめました。
かるかんとは
かるかんは、すりおろした山芋(自然薯や大和芋)、米粉、砂糖、水を合わせて蒸した鹿児島を代表するお菓子です。米を洗って乾かし粗くひいた専用の粉「かるかん粉」を使い、鹿児島県の「ふるさと認証食品」でも、自然薯と米の粉と砂糖だけでつくる素朴な薩摩伝統の郷土菓子と紹介されています。 漢字では「軽羹」と書き、「軽い羹(羊羹)」の意味といわれます。農林水産省の資料によると、蒸すと生地が蒸す前より軽くなることに由来するそうです。見た目は真っ白なカステラのようですが、口に入れるとふんわりしながらも山芋ならではのもっちり感があり、やさしい甘さと芋の香りが残ります。
誰がつくった?食い違う起源
かるかんの起源は資料によって異なります。長く有力とされてきたのは、薩摩藩第11代藩主・島津斉彬が保存食の研究のため江戸から招いた、明石出身の菓子職人・八島六兵衛が考案したという説です。農林水産省の資料もこの説を有力として紹介しており、その時期は1854年とされてきました。 ところが鹿児島県の資料は、最古の記録は1699年の島津綱貴公50歳の祝宴だと記しています。研究によると1686〜1715年の間にはすでに薩摩藩でつくられており、1715年の藩主の献立記録に羊羹と並んで名前が出てくるそうです。そのため八島は既存のかるかんを改良した人物だという見方もあります。いずれにせよ、200〜300年以上にわたって薩摩で受け継がれてきたお菓子であることに変わりはありません。
なぜ薩摩だったのか:シラス台地の自然薯と南の島の砂糖
かるかんが薩摩に根づいたのは、材料が身近にあったことが大きな理由です。原料の自然薯は鹿児島のシラス台地に多く自生し、薩摩藩は奄美や琉球から砂糖を比較的入手しやすい立場にありました。 それでも砂糖はたいへん貴重で、かるかんは当初、大名家で食べられる「殿様菓子」でした。1786年に菓子の値下げをさせた際でも、かるかん一箱が酒一斗(約18リットル)とほぼ同じ値段だったという記録があるほどです。婚礼や年始などの祝いの席に使われる格式高いお菓子で、庶民に広まったのは明治時代に入ってからとされています。
あんを包んだかるかん饅頭
もともとかるかんは四角い棹物に蒸して切り分けるお菓子でした。鹿児島県の資料によると、誕生から約150年後にあん入りの「かるかん饅頭」が生まれ、日常のお菓子としても親しまれるようになりました。今ではむしろこの饅頭の形のほうが一般的で、鹿児島土産として最もよく見かけるのもかるかん饅頭です。 饅頭用の生地は水を少なくして固めにこね、あんを包んで形を整えてから蒸します。農林水産省によると、自然薯が旬を迎える秋から冬は「軽羹の旬」とも呼ばれ、掘りたての自然薯でつくったかるかんを味わえます。似た鹿児島のお菓子に、黒糖と小麦粉でふくらませた「ふくれ菓子」があり、かるかんを模してつくられたといわれます。
どこで買う?どう選ぶ?
かるかんは鹿児島市内の和菓子店や商店街、鹿児島中央駅や鹿児島空港の土産売り場で手軽に買えます。今も冠婚葬祭の引き菓子としてよく使われ、鹿児島の人にとっては特別な日の味でもあります。家庭で手づくりする人もいて、料理教室でつくり方が教えられることもあります。 選ぶときは原材料の表示を見てみましょう。鹿児島県のふるさと認証食品の基準のように、自然薯と米粉と砂糖だけでつくったものが伝統的な味わいです。棹物のかるかんは山芋の香りをすっきり楽しむのに向き、かるかん饅頭はあんの甘みが加わって初めての人でも食べやすいでしょう。緑茶と一緒に味わうと、やさしい甘さがいっそう引き立ちます。