
ブンチャーの一式(麺・ハーブ・揚げ春巻き・タレ) · 写真: Weetjesman / CC BY-SA 4.0 (Wikimedia Commons)
ハノイのブンチャー物語:炭火の煙と温かいつけダレ、文人が愛した昼ごはん
昼どき、ハノイの路地に炭火の煙が立ちのぼれば、ブンチャーの店が開いた合図です。1943年の文人の記録から、2種類の焼き肉の違い、スープのようにたっぷりのつけダレ、2016年に世界のニュースになった一食までをまとめました。
昼どきに立ちのぼる炭火の煙
ブンチャーは炭火で焼いた豚肉を、細い米麺ブン(bún)と甘酸っぱいタレで食べる料理で、ベトナム北部、とりわけハノイを代表する味です。店先の小さなコンロで肉を焼くので、路地に煙が漂っていれば遠くからでも分かります。 本来は昼に食べるものとされ、今も昼どきがいちばん混み合います。ただ最近は朝から夜まで売る店も増えました。現地紙によれば、昔は行商人が手編みの竹かごにブンチャーを入れて通りを売り歩いていました。作家タック・ラムも、ブンチャーをハノイでいちばん大切で、いちばんハノイらしい料理だと書いています。
文人が書き残したブンチャー
ブンチャーがいつ、誰によって生まれたのかは分かっていません。19世紀末か20世紀初めにハノイの焼き物職人が考えたという話もありますが、確かな記録はありません。 その代わり、文学の中に記録が残っています。作家タック・ラム(Thạch Lam)は1943年の随筆集『ハノイ三十六通り』に、田舎の学者が肉を焼く匂いをかいで「千年の昇龍(タンロン)の宝、ブンチャーとはこれのことか」と詩を詠んだという愉快な逸話を書きました。ハノイの食を書き残した作家ヴー・バン(Vũ Bằng)は『ハノイの美味』でブンチャーのタレを、決してきつすぎず、ぼんやりもしないと絶賛しています。ブンチャーは古くからハノイっ子の誇りだったのです。
肉は2種類:つくねと薄切り
ブンチャーの「チャー(chả)」は、ハノイでは炭火で焼いた肉のことです。器には普通2種類が入ります。ひとつは脂が少し混じった豚の肩肉を細かくたたいて丸めた、つくねのチャー・ヴィエン(chả viên)。もうひとつは豚バラなどを薄く切って下味をつけたチャー・ミエン(chả miếng)です。赤身と脂、皮がついた部位でないと焼いたときに縮んでしまうそうです。つくね用の肉も機械で細かくひきすぎるとパサつくので、包丁で適度にたたくのがよいといいます。 味付けは魚醤と砂糖、コショウ、青ネギとエシャロット程度とシンプル。昔は竹ばさみに挟んで焼き、今はほとんどが金網です。バナナの葉や豚の網脂で包んで焼く店もあります。注文時にどちらか一方だけ、または両方を頼めます。
スープのようなつけダレと食べ方
ブンチャーでいちばん大事なのはタレだといわれます。魚醤を酢と砂糖、水で薄めたヌクチャム(nước chấm)を大きな器にたっぷり注ぎ、そこに焼いた肉を浸して出します。伝統的にはライムより穏やかな酸味の酢を使い、青パパイヤとニンジンの甘酢漬け、ニンニク、唐辛子を浮かべます。昔のハノイではタガメのエッセンス(cà cuống)を一滴たらすこともありました。 食べ方は簡単で、皿のブンとレタス、シソ、パクチー、ラーン地区のバジルなどのハーブを箸で少しずつ取り、タレの器にくぐらせて肉と一緒に食べます。ヴー・バンは、ラーン(Láng)村のバジルこそがブンチャーの味を引き立てると書きました。タレはつけるためのもので、スープのように飲み干すものではありません。
2016年の一食と注文のコツ
ブンチャーが世界に知られるきっかけは2016年5月でした。ベトナムを訪れた当時のバラク・オバマ米大統領が、料理人アンソニー・ボーデインとハノイ市内のブンチャー店でプラスチックの椅子に座って食べる姿が世界中で報じられたのです。そのとき一緒に頼んだ海鮮揚げ春巻きとハノイビールの組み合わせは、今も旅行者に人気です。 注文は普通1人前ずつで、揚げ春巻きネム(nem)を添えることが多いです。南部のブン・ティット・ヌン(bún thịt nướng)に似て見えますが、ハノイのブンチャーは肉を温かいタレに浸して出し、麺とハーブを別にくぐらせて食べる点が違います。地元の人のように昼どきに行くのがおすすめです。