
鉄板皿で出されたそばめし · 写真: Masayuki (Yuki) Kawagishi / CC BY 2.0 (Wikimedia Commons)
そばめしとぼっかけ:靴工場の街・長田が生んだ神戸の下町の味
刻んだ焼きそばとご飯を鉄板で一緒に炒めるそばめし、牛すじとこんにゃくを甘辛く煮込んだぼっかけ。どちらも神戸西部の靴工場の街・長田で生まれました。誕生の物語と食べ方をまとめました。
長田、鉄板の香りがする靴工場の街
神戸の中心・三宮から西へ向かうと長田区に着きます。ここは合成皮革などで作る「ケミカルシューズ」の工場が集まる靴の街として知られてきました。小さな工場で働く人が多かったぶん、安くて手早くお腹を満たせる鉄板焼きの店も町のあちこちに根づきました。 長田区役所は、新長田一帯をお好み焼き店の集積率が全国1位ともいわれる場所として紹介しています。町を歩けばソースの香りや鉄板の音に出会えるというわけです。長田焼き、すじ焼き、モダン焼き、ホルモンうどんなど多彩な「こなもん」の中で、この町が全国に送り出した代表作が、そばめしとぼっかけです。
そばめし誕生:弁当の冷やご飯を鉄板で、という頼み
そばめしは長田の下町のお好み焼き店で始まったと伝えられます。近くの工場の工員が、弁当の冷やご飯を焼きそばと一緒に炒めてほしいと頼んだのがきっかけだといいます。神戸新聞はその時期を1955年(昭和30年)ごろとし、短い昼休みにご飯と麺を一度に食べるために混ぜたのが始まりと伝えています。神戸市の資料では、この客を靴工場の女性工員と説明しています。 当初は冷やご飯を持ち込む常連だけに作る裏メニューで、一般にはほとんど知られていませんでした。「そばめし」の名で初めて正式メニューにしたのは1985年ごろ、新長田駅近くの店とされていますが、どの店が元祖かは資料によって見方が分かれます。
町の裏メニューから全国の冷凍食品へ
そばめしを神戸の外へ広めたのは冷凍食品でした。1990年8月、ある水産・食品会社が大阪周辺の地域限定で冷凍そばめしを発売し、好評を受けて2000年3月に全国発売へ広げました。テレビ番組で紹介されると生産が追いつかず、2度にわたって一時販売を休止したほどだといいます。 今では家庭用・業務用の冷凍食品に加え、真空パックの中華麺と粉末ソースをセットにした「そばめしの素」まであり、全国どこでも味わえます。それでも発祥地の誇りは健在で、新長田駅にはそばめしをPRするため、鉄板焼きで使う「こて」の形をしたモニュメントが立っています。駅で降りたら探してみてください。
ぼっかけ:捨てられがちだった牛すじが名物になるまで
ぼっかけは牛すじとこんにゃくを醤油やみりんなどで甘辛く煮込んだ料理です。神戸新聞によると、1919年ごろ長田に食肉処理場ができ、捨てられることも多かった牛すじを食べるために考えられた「すじこん」がルーツだといいます。名前は、うどんなどの汁物に「ぶっかける」という言葉がなまったものという説が有力です。 面白いことに、地元の商店主は今も「ぼっかけ」より「すじ」「すじこん」と呼ぶことが多いそうです。この名前が全国に広まったのは、1995年の阪神・淡路大震災で大きな被害を受けた長田を盛り上げようという取り組みのおかげ。2002年に地元団体がぼっかけをテーマにした食のイベントを開き、レトルト商品やマップを作ったことで、テレビや雑誌に取り上げられました。
食べ方と注文のコツ:細かく刻んで、ソースはお好みで
そばめしは、熱した鉄板で肉やキャベツを炒め、中華麺と冷やご飯を入れて、こてで麺を細かく刻みながらご飯と混ぜ合わせて作ります。麺がご飯粒ほど短くなるのが焼きそばとの違いです。味付けはとんかつソースやウスターソースで、青のりや魚粉、とろりと辛い「どろソース」は食べる人がお好みでかけます。 ぼっかけは単品より「具」として出会うことが多い料理です。ぼっかけうどん、お好み焼きに入れたすじ焼き、そばめしや焼きそばに加えたメニューが定番で、カレーに入れる店もあります。両方を一度に味わうなら、新長田駅周辺のお好み焼き店で「ぼっかけそばめし」があるか聞いてみましょう。神戸の土産店ではレトルトのぼっかけもよく見かけます。