
かき氷の上に果物、ゼリー、豆、ウベをのせたハロハロ · 写真: Elmer B. Domingo / CC BY-SA 4.0 (Wikimedia Commons)
ハロハロとフィリピンのデザート:混ぜて食べるかき氷、紫のウベ、濃厚レチェフラン
フィリピンの夏を代表するデザート、ハロハロは名前のとおり「混ぜ混ぜ」して食べるかき氷です。日系移民の金時かき氷に始まるという由来、氷の下に隠れた具材、そしてハロハロを彩る紫のウベ・ハラヤとレチェフランの話までまとめました。
「混ぜ混ぜ」という名のかき氷
ハロハロ(Halo-halo)は、甘く煮た豆や果物、ゼリーなどを器の底に入れ、上にかき氷をのせてエバミルクをかけて食べるフィリピンのかき氷です。名前は「混ぜる」を意味するフィリピン語の動詞ハロ(halò)を重ねた言葉で、英語ではよく「ミックス・ミックス」と訳されます。フィリピン語委員会の公式表記はハルハロ(halúhalò)です。 名前のとおり、食べ方はシンプル。受け取ったらすぐ長いスプーンで氷と具材、ミルクを底から思い切り混ぜてから食べます。色とりどりの具がミルクと氷になじみ、ひと口ごとに違う食感が楽しめます。日本の金時かき氷にも似ていますが、具材の種類がずっと多く、熱帯の果物や芋類も入るのが違いです。
日系移民の豆かき氷から始まった
ハロハロのルーツは、戦前のフィリピンに暮らした日系移民と日本のかき氷にさかのぼります。最も古い祖先とされるのはモンゴ・コン・イエロ(monggo con hielo)、またはモンゴヤ(mongo-ya)と呼ばれたデザートで、シロップで煮た緑豆をかき氷にのせ、ミルクと砂糖を加えただけの素朴なものでした。 一部の書き手は、今のハロハロが1920〜30年代にマニラ・キアポのキンタ市場周辺で日系移民が売っていたかき氷と関係があると見ています。この市場の近くには、アメリカが1902年に建てた製氷工場があったそうです。その後、フィリピンの人々がなじみの熱帯果物や甘味を少しずつ加え、今のような華やかな姿になりました。資料によって時期や場所の説明が少しずつ違うので、「そう伝えられている」くらいに受け取るとよいでしょう。
氷の下に隠れた具材たち
ハロハロに決まったレシピはありませんが、よく入る具材はだいたい決まっています。シロップ煮のサババナナ、ジャックフルーツ(ランカ)、ヤシの実の一種カオン、ココナッツの変異種の果肉マカプノ、寒天ゼリーのグラマン、タピオカパール、ナタデココ、サツマイモ、甘く煮た豆、そして若いもち米を平たくつぶして炒ったピニピッグが代表的です。 これらをグラスの底に入れ、かき氷を高く盛り、いちばん上にレチェフランやウベ・ハラヤ、アイスクリームをのせてエバミルクを注ぎます。ココナッツミルクを使う店もあり、アイスクリームなしの店も多くあります。グラスに詰めた「熱帯の詰め合わせ」と考えるとわかりやすいでしょう。ビサヤ地方には、似た具材を温かく煮て食べるビニグニット(binignit)というデザートもあります。
紫のデザートの主役、ウベ
フィリピンのスイーツ店でひときわ目を引く濃い紫色の正体はウベ(ube)です。ウベは学名ディオスコレア・アラータ(Dioscorea alata)の紫ヤムイモで、タロイモや紫サツマイモとは別の作物です。 いちばん基本になるのはウベ・ハラヤ(ube halaya)。皮をむいてゆでたウベをすりおろしてつぶし、バターと練乳(もとは甘いココナッツミルク)を加えてとろみがつくまで練り上げたジャムのようなもので、冷やして形を整えて食べます。炒ったココナッツや、ココナッツクリームを煮詰めたラティックをのせることも。ウベ・ハラヤはウベアイスやウベケーキ、パンのベースになり、ハロハロの上にものります。市場やパン屋で瓶やパック入りで売られているのもよく見かけます。
卵黄で作る濃厚なレチェフラン
ハロハロのてっぺんによくのっている黄色いプリンがレチェフラン(leche flan)です。スペイン語のフラン・デ・レチェ(flan de leche、ミルクプリン)に由来する名前で、スペインのフランより固めで甘いのが特徴。練乳を使い、卵は白身を入れずに卵黄だけを使うからです。 卵黄だけを使う理由については、16世紀のスペイン植民地時代、建物を建てる際に卵白を漆喰に混ぜて使い、余った卵黄で作り始めたという話が伝わっています。伝統的にはリャネラ(llanera)という楕円形のブリキ型にカラメルを敷き、生地を流して火にかけて蒸し上げ、オーブンで焼くことはあまりありません。誕生日や祝日、宴の席に欠かせないデザートで、小さな蒸しパン「プト」にのせたプト・フランのようなおやつもあります。