
ビノンドのオンピン通り · 写真: JWilz12345 / CC0 (Wikimedia Commons)
ビノンド食べ歩き:世界最古のチャイナタウンがフィリピン料理に残したもの
マニラのビノンドは1594年に生まれた、世界最古のチャイナタウンとされる街です。福建からの移民が持ち込んだルンピア・シオパオ・ホピアがどうフィリピンの味になったのか、オンピン通りで何をどう食べればいいのかをまとめました。
1594年、パシッグ川の向こう岸に生まれた街
ビノンドは、マニラの城壁都市イントラムロスからパシッグ川を渡ってすぐの街です。1594年、スペイン総督ルイス・ペレス・ダスマリニャスがカトリックに改宗した中国系移民の恒久的な居住地としてこの土地を用意しました。そのため世界最古のチャイナタウンとよく呼ばれます。 当時スペイン人は中国人の商人や職人を「サングレイ」と呼び、最初はイントラムロス近くのパリアンという区画に住まわせていました。ビノンドはそのパリアンに代わる居住地でした。地名の由来は「山がち」を意味する古いタガログ語ビノンドックだとする説と、川辺のマングローブ植物に由来する説があり、資料によって異なります。
福建の人々が持ち込んだ名前
ビノンドの食の源流は、福建省南部から来た福建語(閩南語)を話す人々です。今もこの街では福建語が使われ、フィリピンの食卓に並ぶ中国系料理の名前の多くが福建語の発音から来ています。 たとえばルンピアは福建語の「潤餅(ルンピア)」が語源で、しっとり柔らかい皮の料理という意味。餡入りの焼き菓子ホピアは「良い菓子」と訳され、旧正月のもち米菓子ティコイも福建語の「甜粿」から来ています。長い年月をかけて中国系移民と現地の人々の結婚から中国系メスティーソの共同体が生まれ、その中でこうした料理はフィリピンの人みんなの味になりました。ルンピアは今や全国で食べられていますが、名前にはビノンドのルーツが残っています。
ルンピアン・サリワ:揚げない「生ルンピア」
フィリピンでルンピアといえば、細長くカリッと揚げたルンピアン・シャンハイを思い浮かべる人が多いのですが、名前とは違って上海由来ではありません。ビノンドでぜひ食べたいのは、揚げないルンピアン・サリワ、いわゆる生ルンピアです。 刻んだ野菜と下ごしらえした肉や魚介に、ヒカマ(葛芋)を加えて具にし、レタスの葉と黄色い卵のクレープで二重に包みます。上にはスープと片栗粉でとろみをつけたソースをかけ、砕いたローストピーナッツと生のにんにくをのせます。福建の潤餅(ポーピア)の流れをくむ料理で、甘いピーナッツの風味が特徴。ビノンドには生ルンピアを看板にする老舗食堂があり、温かい汁物と合わせて一食にするのがおすすめです。
シオパオと路地の味
フィリピン中で売られている蒸しまんじゅうシオパオも中国系の料理です。具は大きく二つで、甘辛く煮た豚肉を入れたアサードと、肉団子を入れたボラボラが定番。ビノンドでは、底をフライパンで焼いてカリッとさせた「焼きシオパオ」が名物とされ、熱いうちに食べるのが一番です。 現地メディアのビノンド食べ歩き案内には、ほかにも牛バラ肉の麺、ニラと豚肉の餃子、炒めたもち米ご飯キアンポン、牡蠣のオムレツ、お粥、伝統菓子などが路地の味として紹介されています。どれも一皿の量が多くないので、店を少しずつはしごする「フードクロール」がこの街の定番の楽しみ方。グループなら一品ずつ頼んで分け合うのがおすすめです。
オンピン通りの歩き方
食べ歩きの中心はオンピン通り。中国系の商店や茶館、食堂、屋台風の店が長く連なり、周りの細い路地や運河沿いの道にも老舗が隠れています。ビノンド教会とその前の広場を目印にすると、迷わずに回りやすくなります。 ビノンドはもともと商業の中心地でした。第二次世界大戦前には近くのエスコルタ通りに銀行が集まり「フィリピンのウォール街」と呼ばれ、今も中国系フィリピン人の店がひしめいています。そのため店が一番活気づくのは日中で、混み合う昼どきを避けて午前遅めか午後早めに歩くのが楽です。現金のみの小さな店もあるので小銭を多めに用意し、一度に頼みすぎず少しずつ注文しましょう。