歴史
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葉を開いた鯖の柿の葉すし · 写真: Tomomarusan / CC BY-SA 3.0 (Wikimedia Commons)

葉を開いた鯖の柿の葉すし · 写真: Tomomarusan / CC BY-SA 3.0 (Wikimedia Commons)

日本奈良

柿の葉すし:海のない奈良で鯖の寿司が名物になったわけ

海のない奈良県を代表する郷土料理は、意外にも鯖の寿司です。塩鯖が山道を越えて運ばれた時代の話から、柿の葉の役割、食べ方、買える場所までまとめました。

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海のない奈良の「鯖街道」

奈良県は四方を山に囲まれた内陸県で、昔から海の魚は貴重品でした。それでも奈良を代表する郷土料理として挙がるのは、鯖をのせた寿司・柿の葉すしです。 秘密は南の紀伊半島の海にあります。農林水産省の資料によると、奈良南部を南北に結ぶ東・西熊野街道は「大和の鯖街道」とも呼ばれていました。熊野灘で揚がった鯖を塩でしめ、この道で山を越えて運んだからです。塩鯖が届いた先が柿の産地として知られる五條・吉野地域で、ここで鯖とご飯と柿の葉が出会い、今の柿の葉すしが生まれたとされています。

いつ生まれた?資料によって異なる由来

最もよく知られているのは江戸時代中期の話です。重い年貢に苦しんだ紀州(現在の和歌山県)の漁師が現金を得るため、夏の鯖を塩でしめて峠を越え、吉野川沿いの村へ売りに来た。その鯖が村の夏祭りのごちそうになった、という説です。紀の川や熊野川の舟運で運んだという説明もあります。 ただし時期は資料によって異なります。農林水産省の伝統食図鑑は、南北朝時代にはすでに作られていたという説と、1800年代に製造されていたという話の両方を紹介しており、保存食や兵食から変化したという説もあります。当初は酢を使わずに発酵させる「なれずし」に近く、醸造酢が普及した江戸中期以降に今のような酢飯の寿司になったとされています。

なぜ柿の葉で包む?葉は食べられる?

柿の葉すしは、一口大の酢飯に薄切りの鯖をのせて柿の葉で包み、木桶にきっちり詰めてふたをし、重しをのせて一晩ほど寝かせて仕上げます。 柿の葉を使うのには理由があります。柿の葉には殺菌・防腐の効果があるといわれ、包んでおくと数日程度の保存に向くようになります。また葉の香りがご飯と魚に移り、風味が良くなります。渋柿の葉のほうが柔らかく向いているとされ、柿の産地である五條・吉野では材料も手に入りやすかったのです。 よく聞かれる質問の答えは「葉は食べない」。葉をはがして寿司だけを食べます。葉は風味づけと保存のための包みです。

夏祭りのごちそうから駅の名物へ

鯖も塩も米も貴重だった時代、柿の葉すしは普段の食べ物ではなく、祭りや祝い事でふるまう「ハレの日」のごちそうでした。五條・吉野地域では、田植えが終わって一息つく頃、夏祭りを前に子どもも手伝って家ごとに作ったといいます。今も祭りの際に家庭で作る地域があります。 広く知られるきっかけは鉄道でした。鉄道開通後に駅の売店で売られるようになって駅弁として名が知られ、百貨店の催事や駅弁大会で人気を集めて生産量も増えました。明治時代には鮭を使った柿の葉すしも登場し、今では鯖と鮭が定番の二種類です。

食べ方と買える場所

柿の葉すしは重しをして寝かせる間に鯖のうまみと葉の香りがご飯になじむ料理なので、作ってすぐではなく一晩寝かせてから食べるのが基本です。温めずにそのまま、手に取って葉をはがし、ひと口で食べればOKです。鯖・鮭のほか鯛や焼き穴子、椎茸を使ったものもあり、吉野の山深い川上村では、酢を使わず塩で締めた鯖で作る昔ながらの作り方が今も主流だといいます。 奈良市内では近鉄奈良駅・JR奈良駅周辺の商店街やみやげ物店で手軽に買え、本場の五條・吉野一帯(吉野山を含む)でも多く売られています。なお石川県加賀地方や鳥取県智頭地方にも、名前は同じでも具材や形が異なる柿の葉寿司があります。

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