
福岡の市場に並ぶ辛子明太子 · 写真: Chester Siu / Public domain (Wikimedia Commons)
辛子明太子:釜山の明卵漬が博多の名物みやげになるまで
福岡みやげの定番・辛子明太子は、名前からして韓国語の「明太(ミョンテ)」に由来します。朝鮮の明卵漬が釜山と下関を経て、戦後の博多で日本人好みに生まれ変わった経緯と、選び方・食べ方をまとめました。
名前からして韓国語由来
明太子の「明太(めんたい)」は、スケトウダラを指す韓国語「明太(ミョンテ)」を日本語読みしたもので、「子」は卵のこと。名前の通り「スケトウダラの卵」です。明太という言葉は、朝鮮王朝の記録『承政院日記』の1652年の項にすでに見られるとされています。 韓国では古くから、スケトウダラの卵を塩漬けして唐辛子粉をまぶした明卵漬(ミョンナンジョッ)をおかずとして食べてきました。日本の辛子明太子は、この明卵漬から枝分かれした食べ物です。日本では塩漬けしただけのものを「たらこ」、唐辛子で味付けしたものを「辛子明太子」、略して明太子と呼ぶのが一般的です。
釜山から下関へ、海を渡った明卵
明卵が日本に本格的に入ってきたのは20世紀初めです。1907年ごろ釜山で日本人商人が明卵漬の商売を始め、日本本土や台湾、中国などへ輸出しました。商品は釜山と下関を結ぶ関釜連絡船で運ばれたといわれ、海を挟んだ下関や北九州、福岡一帯では早くから明卵が食べられていました。 この交易は第二次世界大戦の終結とともに途絶えます。朝鮮半島から引き揚げてきた人々の中には釜山で食べた明卵の味を懐かしむ人がいて、その思いが戦後の博多で新しい明太子を生むきっかけになったという話が広く伝わっています。下関も明卵加工の古い土地で、元祖をめぐってはいくつかの説があります。
1949年の博多、日本人好みの明太子
今日の博多の明太子は、1949年に博多の食料品店で始まったとされています。韓国式の明卵漬は唐辛子粉を表面にまぶすため辛さが強かったのですが、この店は辛さを抑え、昆布・砂糖・醤油などを使った調味液に漬け込んでうま味を生かす製法に改めました。同年1月に販売を始めたといいます。 興味深いのは、この店が製法を独占せず、希望する人に教えたことです。そのおかげで1960年代以降、福岡には明太子メーカーが次々に誕生し、各社が調味液や辛さを工夫して競うようになりました。いま博多駅のみやげ売り場に数多くのブランドが並ぶ光景は、こうして生まれたのです。
新幹線が広めた博多名物
明太子が全国区の博多名物になった決定的なきっかけは、1975年の山陽新幹線の博多駅延伸です。大阪や東京からの出張客が帰りに明太子を買って帰るようになり、「福岡みやげ=明太子」という図式が定着しました。 今では贈答用より加工用の方が多く売れています。資料によれば、2007年ごろにおにぎりの具などの加工用出荷量が贈答・みやげ用を上回ったそうです。原料は日本近海産のほか、アラスカ産やロシア産のスケトウダラの卵も多く使われます。博多生まれの味が、コンビニのおにぎりやパスタソースとして日本中の日常食になったわけです。
選び方と食べ方
売り場を見ると、同じ明太子でも値段がかなり違います。卵の袋がきれいに残っているものは「真子」、袋が破れたものは「切れ子」、ほぐした卵だけのものは「ばら子」と呼ばれ、味は同じでも見た目で価格が変わります。贈答用なら真子、家でご飯やパスタに使うなら切れ子がお得です。辛さもマイルドから激辛まで選べます。 食べ方は、まず温かい白いご飯にそのままのせるのが基本。表面を軽くあぶって酒の肴にするのも人気です。お茶漬け、おにぎり、マヨネーズと合わせたソース、明太子スパゲッティも日本では定番です。博多駅や天神周辺のデパ地下では複数のブランドを試食して選べることが多いです。要冷蔵なので、帰国の日程に合わせて買いましょう。