
長崎で食べた長崎ちゃんぽん · 写真: Midori / CC BY-SA 3.0 (Wikimedia Commons)
長崎ちゃんぽんと皿うどん:清国留学生の一杯から始まった港町の麺
韓国の赤いチャンポンと名前は同じでも、長崎ちゃんぽんは白濁スープに魚介と野菜がたっぷり入ったまったく別の麺料理です。明治時代の華僑の料理人のアイデアから生まれた由来、名前をめぐる諸説、汁のない兄弟分・皿うどんの頼み方までまとめました。
韓国のチャンポンとは別物の白いスープ
韓国でチャンポンといえば唐辛子で辛く煮込んだ赤い海鮮スープを思い浮かべますが、長崎ちゃんぽんは辛くない白いスープです。豚肉、イカやエビなどの魚介、キャベツやもやしなどの野菜、かまぼこまで、十数種類の具材をラードで炒め、鶏ガラや豚骨のスープを注いで煮込みます。 いちばんの特徴は、麺を別にゆでずにこのスープの鍋に直接入れて一緒に煮ること。そのため麺にスープの味がしみ、スープには麺のでんぷんが溶けてほどよくとろみがつきます。麺も特別で、長崎ちゃんぽんと表示するには、地元特有のかん水「唐灰汁(とうあく)」を使い長崎県内で製造した太麺を使うという業界の規約があります。
明治時代、清国留学生のための一杯
長崎は江戸時代の鎖国中も中国とオランダに開かれた港で、早くから多くの華僑が暮らしていました。ちゃんぽんの起源としていちばん広く知られているのは、明治時代中ごろ、市内で中華料理店を開いた福建省出身の華僑の料理人が、貧しい清国からの留学生に安くて量が多く栄養のある食事をとらせようと考案したという話です。福建料理の湯麺がもとになっており、今も福建省福清には似た麺料理が残っているといいます。 ただ、明治初期に別の人物が「支那うどん」をちゃんぽんの名で売っていたという説もあります。確かなのは、1907年の長崎県の資料に、この料理が留学生の間で人気で、市内の十数か所で売られていると記されていることです。
「ちゃんぽん」という名前の由来
名前の由来は資料によって異なります。いちばん有名なのは、福建語で「ご飯食べた?」というあいさつ「吃飯(シャポン)」が日本人の耳にちゃんぽんと聞こえたという説です。ほかにも中国語の別の言葉から来たという説、インドネシア料理ナシ・チャンプルの「チャンプル(混ぜる)」と同じ語源だという説などがありますが、こじつけと評価されるものも少なくありません。辞書では江戸時代からの擬音語に由来すると説明することもありますが、これも確かな根拠はないとされます。 ちなみに日本語の「ちゃんぽん」は今も「いろいろ混ぜる」という意味で使われます。韓国のチャンポンという名前も日本を経由して入ったとされますが、味は韓国で唐辛子を入れた辛いスープへと独自に変化しました。同じ名前で別の料理になったわけです。
汁のない兄弟分、皿うどん
皿うどんは「皿に盛ったうどん」という意味ですが、実際にうどんの麺は使いません。ちゃんぽんを出前するときにスープがこぼれないよう汁を減らして作ったのが始まりという説が広く知られており、幕末に起源を求める説もあります。 皿うどんには2種類あります。一つは細麺を油で揚げてパリパリにし、魚介や野菜の入ったとろみのあるあんをかけたもの、もう一つはちゃんぽんと同じ太麺を具材と一緒に炒めたものです。旅行者が思い浮かべるのは揚げた細麺のほうが多いですが、長崎では麺の種類を言わずに頼むとどちらが出るか店によって違うので、「細麺」か「太麺」か確認しましょう。
長崎流の食べ方と、どこで食べるか
皿うどんが来たら、卓上のウスターソースを少しかけてみてください。長崎ではよくある食べ方で、ソースの酸味が甘めのあんの味を引き締めてくれます。皿うどん専用のソースを作る地元メーカーもあり、代わりに酢を置く店もあります。パリパリの麺にあんがしみてしんなりしていく変化も楽しみの一つ。地元では大皿で頼んで何人かで分けることもよくあります。 ちゃんぽんと皿うどんは、長崎市の新地中華街一帯に専門店や中華料理店が集まっており、長崎駅周辺や市内各地の食堂でも気軽に食べられます。ちなみに隣の福岡県久留米のとんこつラーメンも長崎ちゃんぽんに着想を得たという話があるほど、九州の麺文化に与えた影響は大きいのです。