歴史
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輪切りにした辛子蓮根 · 写真: MaedaAkihiko / CC0 (Wikimedia Commons)

輪切りにした辛子蓮根 · 写真: MaedaAkihiko / CC0 (Wikimedia Commons)

日本熊本

辛子蓮根:病弱な殿様のために生まれたという黄色い郷土料理、熊本の伝説

蓮根の穴に辛子味噌をぎっしり詰め、黄色い衣をつけて揚げた辛子蓮根。細川家の伝説、断面が家紋に似ているという話、1984年の事故以降に変わったこと、おいしい食べ方を紹介します。

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どんな料理?鼻にツンとくる黄色い断面

辛子蓮根は、ゆでた蓮根の穴に和辛子粉を混ぜた味噌、つまり辛子味噌をすき間なく詰め、小麦粉とウコンを混ぜた衣をつけて菜種油で揚げた熊本の郷土料理です。ウコンのおかげで外側は鮮やかな黄色、切ると白い蓮根の中に黄色い辛子味噌が花のように並ぶ断面が現れます。 日本語版ウィキペディアによると、家庭ではバットに辛子味噌を山盛りにして蓮根の切り口を押しつけて詰め、業者は高さ50cmほどの味噌の山を使うそうです。詰めてから5時間以上置いて揚げます。普通は5〜10mmの厚さに切ってそのまま食べ、ひと口かじるとシャキッとした蓮根の後から辛子の辛さが鼻に抜けます。

1632年の伝説:細川忠利と僧・玄宅

辛子蓮根には江戸時代初期の由来話が伝わっています。熊本藩の初代藩主・細川忠利は病弱で、寛永9年(1632)、豊前国耶馬渓にある羅漢寺の禅僧・玄宅が訪れて蓮根を勧めたといいます。その蓮根は、熊本城を築いた加藤清正が非常食として城の外堀に植えていたものだという話も一緒に語られます。 ところが忠利は、泥の中で育つ蓮根は不浄だとして最初は断ったそうです。そこで藩の賄方が蓮根の穴に和辛子粉入りの味噌を詰め、衣をつけて揚げて献上したところ、忠利はたいそう気に入り元気を取り戻した、というのが伝説のあらすじです。あくまで言い伝えですが、熊本の人は今もこの話を好んで語ります。

家紋に似た断面、明治まで門外不出だった料理

伝説によると、この料理を考案した料理人は功を認められ、脇差と金子10両、名字帯刀を許されたといいます。そして輪切りにした蓮根の断面が細川家の家紋・九曜紋(中央の大きな丸を八つの小さな丸が囲む紋)に似ていることから、作り方は門外不出とされ、明治維新の頃まで秘伝として守られたと伝えられています。 実際に辛子蓮根の断面を見ると、蓮根の穴の並びがこの家紋によく似ていて、写真を撮りながら確かめてみるのも楽しいものです。ただ、黄色い衣をつける今の姿は明治以降に定着したようだという話もあり、400年前とまったく同じ料理とは言い切れません。

1984年の事故とその後の変化

辛子蓮根の歴史には痛ましい出来事もあります。1984年6月、ある業者の真空パック入り辛子蓮根が原因のボツリヌス菌食中毒が起き、36人が発症し11人が亡くなりました。調査で原料の辛子粉が汚染されていたことがわかり、真空パック後に長く保管される間、酸素のない環境で菌が増えたとされています。 この事故で県内外の製品が一斉に撤去され、ほかの業者も大きな打撃を受けて、50軒近くあった生産者のおよそ半分が廃業したといいます。同年12月には熊本県辛子蓮根協同組合が設立され、真空パック製品を作らないという自主規制を設けました。今、熊本で売られる辛子蓮根の多くが要冷蔵で日持ちが短いのには、こうした背景があります。

食べ方と買い方

辛子蓮根は熊本の家庭ではごく普通のおかずや酒の肴で、先を見通すという縁起からおせち料理にも入ります。そのままでも味がついていますが、家によっては醤油やマヨネーズを少しつけます。辛子の辛さは店によって違うので、初めてなら薄く切って一切れずつ味わうのがおすすめ。最近は辛子蓮根入りのコロッケ、サンドイッチやバーガー、蓮根チップスといったアレンジも登場しています。 熊本駅や阿蘇くまもと空港、市内のデパ地下や土産物店で手軽に買え、居酒屋では肴として数切れ出てきます。要冷蔵で日持ちの短い商品が多いので、お土産にするなら旅の最終日に買い、保存方法を必ず確認しましょう。お隣の福岡では、辛子の代わりに明太子を詰めた商品も見かけます。

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