歴史
別府冷麺 · 写真: 聖石大戦ぶぅぶぅ / CC BY-SA 4.0 (Wikimedia Commons)

別府冷麺 · 写真: 聖石大戦ぶぅぶぅ / CC BY-SA 4.0 (Wikimedia Commons)

日本別府

別府冷麺:満州から引き揚げた人々が温泉の町に残した一杯

温泉の町・別府には、市内だけで60〜70店が冷麺を出すといわれるほど冷麺が身近です。戦後に満州から引き揚げた人々が持ち帰った朝鮮半島の冷麺が、和風だしとキャベツキムチに出会って別府冷麺になるまでをまとめました。

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温泉の町の意外なソウルフード

別府といえば温泉や地獄めぐりを思い浮かべますが、地元の人が「ソウルフード」に挙げる料理の一つが冷麺です。別府市内で冷麺を出す店は60〜70店にのぼるといわれます。 韓国からの旅行者にとって興味深いのは、この冷麺のルーツが朝鮮半島にあることです。ところが実際に一杯食べてみると、韓国の平壌冷麺や咸興冷麺とはかなり違います。スープからはかつお節などの和風の魚介だしの味がし、キムチも白菜ではなくキャベツで漬けたものがのっていることが多いのです。 そのため別府冷麺は「韓国冷麺の日本版」というより、戦後の人の移動と温泉の町の暮らしの中で独自に育った地域の料理と見る方が正確です。

満州から引き揚げてきた人々

別府冷麺の始まりは戦後にさかのぼります。敗戦後、旧満州(現在の中国東北部)に住んでいた多くの日本人が引き揚げてきましたが、そのうち別府に暮らすようになった人たちが、現地で食べていた冷麺を持ち帰ったというのが定説です。満州には朝鮮半島出身の住民も多く、そこで覚えた冷麺は朝鮮料理としての冷麺だったと説明されています。 1950年ごろ、満州から引き揚げた料理人が別府で開いた店が別府冷麺の発祥とされます。 別府は戦災が比較的少なかった町として知られ、温泉地として人や物が集まる場所でした。さまざまな背景を持つ人が流れ込んだ町だったからこそ、なじみのない料理が根づいたという見方もあります。ただし初期の店や人物の細かな点は資料によって少しずつ違います。

和風に生まれ変わった一杯

別府に入ってきた冷麺は、地元の好みに合わせて少しずつ変わっていきました。いくつもの紹介記事は、麺の小麦粉の配分を増やし、スープを和風だしに変え、チャーシューを牛肉に、キムチをキャベツにして独自の発展を遂げたのが今の別府冷麺だと説明しています。 麺は小麦粉、そば粉、でんぷんを基本とすることが多いです。スープは魚介をベースにした澄んだあっさり味が特徴で、韓国の冷麺のようにトンチミの汁や濃い肉のスープを使うことはまれです。 ただし別府冷麺に明確な定義はありません。白菜キムチや豚チャーシューを使う店もあり、スープの配合も店ごとにさまざまです。「そば粉入りの麺、和風だし、キャベツキムチ、牛肉」は、あくまでよく見られる特徴だと理解するとよいでしょう。

冷麺専門店系と焼肉店系

別府冷麺は大きく二つの系統に分かれるといわれます。一つは冷麺専門店系で、もちもちした太めの麺に、キャベツのキムチ(韓国語のヤンベチュギムチという呼び名がそのまま使われることもあります)を添えます。 もう一つは焼肉店系で、つるつるした中細麺に白菜キムチを添えることが多いようです。肉を焼いて食べたあと、締めに冷麺を頼む流れは韓国と似ていて、韓国からの旅行者にもなじみやすいでしょう。 また別府には、冷麺を温かいスープで出す「温麺」を置く店も多くあります。冷たいスープがつらい冬や、温泉で体を温めたあとに軽く食べたいときにぴったりです。同じ店で冷麺と温麺を一杯ずつ頼み、スープの味を比べてみるのも楽しいものです。

どこで、どう食べる?

別府では2009年度から「別府冷麺プロジェクト」が始まり、冷麺マップの作成や公式サイトの開設などで、別府冷麺を地域の名物として売り出す活動が続いてきました。 店は別府駅周辺や海側の北浜一帯など、市内各地に点在しています。専門店は昼どきに行列ができることもあるので、少し早めか午後遅めに行くのがおすすめです。焼肉店系は夜に肉と一緒に楽しむのにぴったりです。 食べるときは、まずスープだけをひと口飲んで和風だしの味を確かめてみてください。キムチをスープに溶かすと、だんだんピリ辛に変わっていきます。酢やからしを別に出してくれる店もあるので、好みで加えましょう。夏の料理と思われがちですが、別府では一年中食べられています。

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