
沖縄そば · 写真: Blue Lotus / CC BY 2.0 (Wikimedia Commons)
沖縄そば:そば粉ゼロの「そば」、名前を守るための闘いと10月17日
沖縄そばは名前とは違い、そば粉を使わない小麦粉の麺です。明治の支那そばから始まり、戦後の庶民の味になり、本土復帰後に「そば」という名前を使えなくなりかけた経緯まで、沖縄そばの歴史と島ごとの違い、食べ方をまとめました。
そば粉のない「そば」の正体
本土でそばといえばそば粉の麺ですが、沖縄そばはそば粉を使いません。小麦粉にかん水と塩を加えて作る麺で、むしろラーメンの麺に近いもちもちした食感があります。沖縄の人はこれをただ「そば」、または沖縄の言葉で「すば」と呼びます。 スープは豚骨とかつお節を合わせて取ることが多く、豚のコクとかつおのうま味がいっしょに感じられます。その上に豚の三枚肉を甘辛く煮た「三枚肉」、かまぼこ、ネギなどをのせるのが基本の姿です。沖縄では昼食はもちろん飲んだあとの締めにも食べる、文字どおり暮らしの中の料理です。
明治の支那そばから戦後の庶民の味へ
今の沖縄そばの直接のルーツは、明治後期に那覇で中国人のコックが開いた支那そば屋と考えられています。大正時代には街のそば屋が増えましたが、当初は豚の出汁に醤油で味を付け、具は豚肉とネギだけという素朴なものだったそうです。1915年には警察が「琉球そば」と呼ぶよう指導しましたが、定着しませんでした。 沖縄戦で老舗の多くが失われましたが、米軍統治下で小麦粉が多く出回るようになると、店が復活し新しい店も生まれました。1950年代には製麺所のゆで麺が売り出されて家庭でも手軽に食べられるようになり、沖縄そばは島の誰もが食べる「県民食」になりました。
「そば」の名前を守った日、10月17日
1972年に沖縄が本土復帰すると、本土のそばと区別するため「沖縄そば」という呼び名が使われ始めました。ところが1976年、公正取引委員会が問題を指摘します。業界の規約では「そば」と呼ぶにはそば粉が30%以上必要で、そば粉をまったく使わない沖縄そばはこの基準に合わないというのです。 沖縄の製麺業界は名前を守るために動き、1977年にまず県内での通称としての使用が認められました。そして1978年10月17日、「本場 沖縄そば」が特殊名称として承認されます。これを記念して10月17日は「沖縄そばの日」になりました(記念日として制定された時期は資料によって異なります)。2006年には地域団体商標にも登録されています。
島ごとに違う麺と具:ソーキ、八重山、宮古
沖縄そばは地域によってかなり姿が違います。本島北部では平打ちの麺が主に使われ、石垣島など八重山地方の「八重山そば」は細いストレート麺が特徴です。宮古島の「宮古そば」は縮れのない細めの平打ち麺で、具や盛り付けに特徴があることで知られています。 具でいちばん有名なのは豚のあばら肉をじっくり煮込んだ「ソーキ」です。ソーキをのせた「ソーキそば」は、1966年に本島北部・名護の食堂が大ぶりの豚あばら肉をのせたのが始まりとされています。ほかにも豚足を煮込んだ「テビチ」、豚の内臓を使った「中味」、ふわふわの豆腐「ゆし豆腐」などをのせたそばがあり、選ぶ楽しみがあります。
食べ方:コーレーグースと紅しょうが
沖縄そばの店のテーブルには、たいてい小さな瓶が置いてあります。島唐辛子を泡盛に漬けた「コーレーグース」で、スープに数滴たらすとピリッとした香りが加わります。かなり辛いので、最初は1〜2滴から試しましょう。紅しょうがを添える店も多くあります。 まずスープを味わい、麺と肉を楽しんで、途中でコーレーグースで味を変えるのがよくある順番です。沖縄そばは那覇の国際通り周辺から市場の食堂、道端の老舗そば屋、道の駅まで島のどこにでもあります。豚肉や野菜を炊き込んだご飯「ジューシー」をセットで出す店も多いので、一緒に味わえば沖縄らしい一食になります。