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タコライス · 写真: Captain76 / Public domain (Wikimedia Commons)

タコライス · 写真: Captain76 / Public domain (Wikimedia Commons)

日本沖縄

タコライス:米軍基地前の街で生まれた沖縄の「ご飯にのったタコス」

味付けした牛ひき肉とチーズ、レタス、トマトをご飯にのせたタコライスは沖縄生まれ。1980年代に米軍基地前の街でなぜこの料理が生まれたのか、学校給食を経て全国に広まるまでの話とおいしい食べ方をまとめました。

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タコスをご飯にのせる

タコライスは、メキシコ料理タコスの具をご飯にのせた沖縄の料理です。スパイスで炒めた牛ひき肉「タコミート」に千切りのチーズ、レタス、トマトをのせ、トマトベースのピリ辛サルサをかけるのが基本です。大衆食堂や弁当屋ではサルサの代わりにケチャップを使うこともあります。 名前だけ見るとメキシコやアメリカの料理のようですが、タコライスは沖縄生まれです。タコスのパリッとした皮の代わりにご飯を敷いたというシンプルな発想でしたが、ご飯と一緒に食べることに慣れた日本人の口にも合い、今では沖縄を代表する料理の一つになりました。地元の店の中には「ターコライス」のように伸ばして書く店もあります。

1984年頃、基地前の街「新開地」

タコライスは1984年頃、沖縄本島中部の金武町で生まれたとされています。米海兵隊の基地キャンプ・ハンセンのゲート前には「新開地」と呼ばれる飲食店街が広がっていて、そこにあった店の創業者が考案したといいます。 当時は為替相場の変動でドルの価値が下がり、海兵隊員の財布のひもが固くなっていた時期でした。もともとバーだったその店ではタコスが人気メニューで、若い兵士たちに安くて量のある食事を出そうと、タコスの具をご飯にのせて出したのが始まりです。発祥の店は2015年6月に閉店しましたが、系列店を通じてタコライスは沖縄本島各地に広まりました。

学校給食から全国チェーンまで

タコライスが沖縄の人の日常食になるうえで、学校給食の役割は大きなものでした。1990年代に沖縄県内の学校給食に採用され、子どもの頃から食べて育つなじみのメニューになったのです。基地前の街で生まれた料理は、こうして島全体の「自分たちの料理」として定着しました。 1990年代後半からは本土の大手チェーンもタコライスをメニューに加え始めます。ファストフード店、牛丼チェーン、弁当チェーンなどが次々に同様のメニューを出し、沖縄限定から始めて本土の一部店舗まで広げた例もあります。おかげで今では全国の家庭でもタコライスを作って食べるほど広く知られるようになりました。

混ぜて食べる料理、そして多彩なアレンジ

タコライスはご飯、タコミート、野菜とチーズを混ぜながら、サルサをかけて食べるのが基本です。日本ではそぼろご飯やドライカレーに近い感覚だと説明されることもあります。最初は上の野菜から少しずつ混ぜ、途中でサルサを足して辛さを調整すると最後まで飽きずに食べられます。 沖縄ではさまざまなアレンジも楽しまれています。石焼ビビンバのように熱い石鍋に盛る「石焼タコライス」、タコミートと沖縄そばを組み合わせた「タコそば」、ハワイのロコモコのように目玉焼きをのせた「タコモコ」などです。発祥の系列店では野菜やチーズが別料金のトッピングだったり、鶏肉や魚介を炊き込んだピラフをご飯の代わりに使ったりすることもあるそうです。

どこで食べるか

発祥の雰囲気を感じたいなら、金武町のキャンプ・ハンセンのゲート前、新開地一帯を訪ねてみてください。英語の看板とアメリカ風の店が混ざる基地前の街並みの中で食べるタコライスは、この料理がどこから来たのかを実感させてくれます。沖縄本島北部へ向かう途中に立ち寄りやすい場所です。 もちろん、那覇の国際通り周辺の飲食店、大衆食堂、弁当屋、道の駅、カフェまで、沖縄のどこでも手軽に食べられます。店ごとにタコミートの辛さや量が違い、量の多い店なら二人で分けても十分です。沖縄そば、チャンプルーと組み合わせて、沖縄の「戦後」と「琉球」を一度に味わうコースにしてみるのもおすすめです。

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