
八丁味噌の味噌カツ定食 · 写真: Evelyn-rose / CC0 (Wikimedia Commons)
名古屋めしはなぜ赤黒い?八丁味噌と味噌カツ・味噌煮込みうどんの話
とんかつに濃い味噌ダレをかけた味噌カツ、土鍋でぐつぐつ煮える味噌煮込みうどん。名古屋めしの赤黒い色は大豆だけで造る豆味噌、とくに隣町・岡崎の八丁味噌から来ています。その味噌の正体と代表料理、食べ方のコツをまとめました。
大豆だけで造る豆味噌
名古屋を旅すると、とんかつ、うどん、おでん、串まで、濃い茶色の味噌ダレをまとった料理によく出会います。この色の正体は、愛知県を中心とした東海地方の豆味噌です。 日本の味噌の多くは米や麦の麹を大豆に混ぜて仕込みますが、豆味噌は米麹や麦麹を使わず、大豆そのものをすべて麹にして造ります。そのため色は赤黒く、塩味とうま味、ほのかな渋みが濃く感じられます。江戸時代のある学者は、三河(現在の愛知県東部)の人々が日常の味噌汁に赤味噌を使うのは他の地方と違うと書き残しています。この豆味噌を代表するのが八丁味噌です。
八丁味噌:城から八丁の村の味噌
八丁味噌という名前は距離から来ています。名古屋の南東にある岡崎市の岡崎城から西へ八丁(約870m)離れた旧八丁村で造られてきた味噌という意味です。今もこの地で二軒の老舗蔵元が伝統の製法を守っています。 大豆を浸して蒸し、つぶして玉にしたものに麹菌をつけて4日ほど寝かせて豆麹にし、塩と水を合わせて大きな木桶に仕込み、上に石を積んで重しをします。そのまま少なくとも1年半から2年ほど天然醸造で熟成させます。なお八丁味噌の地理的表示(GI)をめぐっては、2017年に愛知県単位の組合が登録されたあと岡崎の二社との間で長い争いが続き、2025年1月に二社が加わる組合も生産者団体として追加されました。
味噌カツはどう生まれたか
味噌カツは、とんかつに豆味噌をベースに鰹出汁や砂糖などを加えた店ごとのタレをかけた料理です。名古屋のタレは赤味噌の色を濃く残した、こってりした味のものが多いとされます。 誕生には諸説あります。よく知られるのは、戦後間もない屋台で串カツを赤味噌で煮込んだどて煮の鍋につけて食べていた習慣から生まれたという説です。1927年創業のある店は戦前から味噌カツがあったと語り、隣の三重県津市の洋食店が1965年に考案したという説もあります。1967年のガイドブックには名古屋・錦三丁目の店が八丁味噌ベースのソースをとんかつにかけて出していたという記述があり、1970年代には名古屋や周辺で広く出されていたとされます。どれが定説かは資料によって異なります。
味噌煮込みうどん:わざと硬い麺
味噌煮込みうどんは、豆味噌を主にした濃い鰹出汁で、うどんを一人用の土鍋ごと煮込み、ぐつぐつ煮立ったまま食卓に出す料理です。鶏肉、卵、ネギ、シイタケ、かまぼこなどが入り、一味や七味唐辛子を添えます。 最大の特徴は麺です。小麦粉と水だけでこね、塩を入れません。味噌の汁に麺の塩が溶け出して辛くなりすぎるのを防ぐためです。老舗の中には一般的なうどんよりわざと硬めに煮込んで出す店もあり、初めてだと生煮えかと思うほどです。起源の多くは山梨のほうとうに求められ、武田家の遺臣が伝えたという説や、明治時代に一宮周辺の紡績工場で働く女性たちがほうとうを参考に豆味噌で煮込んで食べていたものが広まったという説があります。
食べ方のコツとどこで食べるか
味噌煮込みうどんの土鍋の蓋には空気穴がありません。この蓋を取り皿にして、麺や汁をよそい冷ましながら食べるのが地元流です。汁が残ったらご飯を入れておじやにすることもあります。麺が硬いのは生煮えではないので心配いりません。 味噌カツはタレを上からかけて出す店が多いですが、串カツを味噌の鍋にくぐらせたり、熱々の鉄板にのせて出したりする店もあります。味噌カツや味噌煮込みうどんの専門店は名古屋駅周辺や栄エリアに多くあります。また東海地方のスーパーには味噌カツ用に味を調えたチューブ入りの味噌ダレがよく並んでいて、家でとんかつにかけるおみやげにもぴったりです。八丁味噌そのものに興味があれば、名古屋から岡崎まで足を延ばし、蔵が並ぶ旧八丁界隈を歩いてみるのもいいでしょう。