
金沢の治部煮 · 写真: Asacyan / CC BY-SA 4.0 (Wikimedia Commons)
治部煮:加賀料理を代表する鴨の煮物と、名前にまつわる諸説
小麦粉をまぶした鴨肉を甘めの醤油出汁で煮て、金沢特産のすだれ麩やしいたけ、青菜と盛り合わせ、わさびを添える治部煮。加賀藩の時代から続く歴史と名前の諸説、食べ方とどこで味わえるかをまとめました。
治部煮とはどんな料理か
治部煮(じぶ煮)は石川県金沢市を代表する郷土料理で、旧加賀藩の食文化を受け継ぐ「加賀料理」の象徴的な存在です。鴨肉(または鶏肉)をそぎ切りにして小麦粉をまぶし、だし汁に醤油、砂糖、みりん、酒を合わせた煮汁で、金沢特産の生麩であるすだれ麩、しいたけ、せりやほうれん草などの青菜と一緒に煮ます。 小麦粉をまぶすのには理由があります。肉のうまみを閉じ込めると同時に、煮汁にほどよいとろみをつけて具材に味をよく絡ませるのです。薬味はわさびで、甘めの煮汁にツンとした香りが加わり、味がすっきりとまとまります。農林水産省の「農山漁村の郷土料理百選」にも選ばれ、俳句では冬の季語でもあります。
名前の由来:音か、人か
治部煮という名前の由来には諸説あり、定説はありません。最もよく知られるのは、煮るときの「じぶじぶ」という音から来たという説です。ただしその出所とされる1643年の『料理物語』には「しふしふ」と書かれています。 鴨の煮込みを意味する「じゅぶ(熟鳧)」がなまったという説もあります。また、豊臣秀吉の兵糧奉行だった岡部治部右衛門が朝鮮から持ち込んだという説がありますが、出典のはっきりしない話とされています。このほか、キリシタン大名の高山右近が1588年ごろ加賀にいた折に欧風料理を伝えたという説や、宣教師が伝えたポルトガル料理が日本風になったという説も伝わります。資料によって異なるので、話の種として楽しむのがよさそうです。
加賀藩の料理書から天皇の食卓まで
記録で確かめられる治部煮の歴史は、江戸時代の加賀藩に始まります。18世紀前期に加賀藩の料理人が残した料理書『料理の栞』には、「麦鳥」という今の治部煮によく似た料理が記されています。麦(小麦粉)をまぶした鳥という意味に読める名前です。 19世紀前期にはこうした料理が「じゅぶ」と呼ばれるようになり、これが今の「じぶ」につながったと考えられています。加賀藩の武家にも庶民にも広く親しまれ、大切な客をもてなす料理としても用いられました。1947年10月25日には、昭和天皇が隣の福井県の芦原温泉に宿泊した際「雛鳥の治部煮仕立」が供されたという記録もあります。何百年もの間、この地のもてなし料理として受け継がれてきたわけです。
味の決め手・すだれ麩と浅い漆椀
治部煮に欠かせない具材がすだれ麩です。小麦のグルテンに米粉を加えて練った生麩をすだれに包んでゆでたもので、表面にすだれの跡のような筋模様が残ります。加賀藩の料理人が煮崩れしにくい麩として米粉を加えたのが始まりとも言われる金沢の特産品です。もちもちしながらもスポンジのように煮汁をたっぷり含み、鴨肉よりすだれ麩のほうが好きだという人もいるほどです。 盛り付ける器もこの料理の見どころです。治部煮は石川県の山中塗のような底の浅い漆椀に盛って出されることが多く、金蒔絵をあしらった椀で出す店もあります。とろみのある煮汁の上に鴨肉、すだれ麩、しいたけ、青菜を彩りよく並べ、わさびを片側に添えれば、工芸の町・金沢らしい一椀になります。
どこで、どう食べるか
治部煮は金沢の料亭や和食店で加賀料理のコースの一品として出されることが多く、兼六園や金沢城の周辺、ひがし茶屋街などの観光地の食事処では定食や単品でも味わえます。市内のホテルの朝食ビュッフェに金沢おでんと並ぶこともあり、ご飯にのせた治部煮丼を出す店もあります。 食べるときは、わさびを少しずつ煮汁に溶いたり肉にのせたりして味の変化を楽しんでみてください。とろみのある煮汁は残さず、すだれ麩と一緒にすくって味わうのがおすすめです。鴨の旬である冬が特においしいと言われますが、一年中出す店がほとんどです。鴨の代わりに鶏肉を使う店もあるので、鴨を食べたい場合はメニューの表記を確かめましょう。