
白いスープのソルロンタン · 写真: 이동원 / CC0 (Wikimedia Commons)
ソルロンタン:先農壇の伝説からカクテギの汁まで、ソウル生まれの白いスープ
白く濁ったスープに塩とねぎだけで味を付けるソルロンタンは、ソウルで生まれ育った料理です。名前の由来とされる先農壇の話、1900年代のソウルに広まった経緯、ソウル流のおいしい食べ方をまとめました。
なぜソルロンタンはソウルの料理なのか
ソルロンタンは、牛の骨や肉、内臓などを長時間煮込んだ白く濁ったスープに、ご飯と素麺を入れて食べるクッパです。全国どこでも食べられますが、ソウル市はソルロンタンをソウル生まれの料理として紹介しており、食べ物の分野では初めて「ソウル未来遺産」にも選ばれました。 スープに味を付けずに出すのが特徴で、食べる人がテーブルで塩と刻みねぎを入れて自分で味を調えます。派手な味付けがなく素材の味だけで勝負する料理なので、初めての旅行者は「薄い」と感じることもありますが、塩加減を整えてキムチを添えれば、韓国人がなぜこのクッパを頼れる一食に挙げるのかすぐにわかります。
先農壇由来説:王が民と分け合ったスープ
ソルロンタンの由来として最も広く紹介されているのが先農壇の話です。先農壇は朝鮮王朝の王が農業の神を祀り、自ら畑を耕す儀式(親耕)を行った場所で、現在のソウル東大門区祭基洞にあります。祭祀の後に牛をつぶしてスープを煮て集まった人々と分け合い、これを「先農湯」と呼んだのがソルノンタン、ソルロンタンに変わったという説です。 ソウル市の資料には、世宗の時代に豪雨で足止めされた臣下たちに、親耕に使った牛をつぶして水で煮込み塩で味付けして食べさせたという話も紹介されています。ただし語源については雪のように白いスープに由来するという説など別の主張もあり、資料によって説明が少しずつ異なります。先農祭と親耕は1909年まで続き、日本の植民地時代に廃止されました。
1904年、ソウルのファストフードに
ソウル市の資料によると、ソウルにソルロンタン専門店ができたという最初の記録は1904年で、南大門一帯で最初に流行しました。急速に広まった理由は簡単で、大きな釜でスープをあらかじめ煮ておき、注文が入ればご飯と肉を器に盛ってスープを注ぐだけですぐに出せたからです。忙しい都会の人々にぴったりの、まさに当時のファストフードでした。 その後ソルロンタンの店は鍾路や中区など旧市街の内外に広がり、今もソウル都心には数十年以上同じ場所でスープを煮続けてきた老舗が残っています。牛のさまざまな部位を余さず使う料理なので、肉の量や部位によって「普通」と「特」に分けて売る店が多くあります。
ソウル流のおいしい食べ方
ソルロンタンが出てきたら、まずスープをひと口味見してから、テーブルの塩とねぎを入れて味を調えましょう。ねぎは惜しまずたっぷり入れるのが普通です。器に素麺が入っていれば、ご飯より先に食べるのがソウル市の紹介する順番です。麺はスープに長く浸かっているとのびてしまうからです。 ソルロンタンの店では、たいていカクテギ(大根キムチ)と白菜キムチが一緒に出てきます。カクテギの汁を少しスープに注いで、酸味と辛みを加えて食べるのが伝統的なソウル流として知られているので、半分ほど食べたら試してみてください。ご飯は最初からスープに入っている店も別に出る店もあり、別の場合は少しずつ入れるとスープが最後まで温かいままです。
どこで食べて、何を見るか
ソルロンタンの店はソウル中にありますが、老舗を探すなら鍾路や中区、ソウル駅・南大門一帯など旧都心がおすすめです。朝早くから開いている店が多いので朝食にもぴったりで、一人で入って一杯食べて出やすい料理なので、一人旅でも気軽です。 由来が気になるなら、東大門区の先農壇とその下にある先農壇歴史文化館にも立ち寄ってみてください。歴史文化館は観覧無料で、王が自ら畑を耕した儀式とソルロンタンの話を展示で見ることができます。先農壇の周辺にもソルロンタンの店があるので、由来の地を見学した後に近くで一杯というコースにしやすいです。