
炭火で焼く牛カルビ · 写真: ayustety (a flickr user) / CC BY-SA 2.0 (Wikimedia Commons)
水原ワンカルビ:市場のヘジャンクの骨付き肉が炭火の上に上がるまで、そして抱川イドンカルビ
京畿道で牛カルビといえば、まず水原を思い浮かべる人が多いでしょう。手のひらより長い骨で知られる水原ワンカルビが生まれた経緯、水原市が郷土料理に指定したいきさつ、同じ京畿道の抱川イドンカルビとの違い、おいしい食べ方をまとめました。
水原ワンカルビは何が違うのか
水原カルビは、牛のカルビを大きくさばいて炭火で焼いて食べる料理です。骨が特に長く大きいので「水原ワンカルビ(王カルビ)」という愛称でよく知られています。骨に付いた肉を長く開くように切れ目を入れて味を染み込ませ、丸ごと焼いて、食べる直前にはさみで切るのが一般的です。 伝統的な水原カルビは、醤油ではなく塩で味付けするのが特徴とされます。濃い醤油ダレのカルビに慣れた人には、塩味のほうがかえって肉本来の味を引き立てると評価されています。ただし今は醤油ダレのカルビを出す水原の店も多く、メニューで「塩(生)カルビ」と「ヤンニョム(味付け)カルビ」を分けて売っていることがよくあります。
正祖の華城と牛市場
水原と牛肉の縁を朝鮮王朝の正祖の時代までさかのぼって説明する資料は多くあります。正祖が18世紀末に水原華城を築いた際、多くの人夫や移住者が集まり、彼らに食べさせるため本来厳しく制限されていた牛の屠畜が例外的に許されたという話や、水原に大きな牛市場が立ったことで牛肉を扱う文化が根付いたという話が伝わっています。 ただしこうした説明は記事によって強調点が異なり、正祖時代の出来事がそのまま今の水原カルビにつながったと断定するのは難しいところです。水原が昔から牛と牛肉が集まる土地だったという背景として理解するのがよいでしょう。カルビを食べに行くついでに世界遺産の水原華城を歩いてみると、この話がより実感を持って感じられます。
1945年、栄洞市場で始まった水原カルビ
今日の水原カルビは、1945年の解放の頃、水原栄洞市場の米屋通りに開いたある食堂から始まったというのが定説のように紹介されています。最初はヘジャンクにカルビを入れて売っていましたが、1956年頃に炭火で焼いたカルビ焼きを出したことで、今の水原カルビになったといいます。 1960年代には、朴正煕大統領が水原の農業研究機関を訪れた際にこの店でカルビを食べたという噂が広まり、「水原カルビ」の名が全国に知られるようになったと伝えられます。その店は1979年に閉店しましたが、調理法を学んだ料理人たちが1980年代に東水原一帯のカルビ店に移って伝統をつなぎました。水原市は1985年4月12日、水原カルビを水原固有の郷土料理に指定しました。
同じ京畿道、違うカルビ:抱川イドンカルビ
京畿道には水原と並んでカルビで有名な場所がもう一つあります。北部の抱川市二東面一帯、特に長岩里にカルビ店が集まる「イドンカルビ」です。1960年代後半にここでカルビ店が開いたのが始まりとされ、軍部隊の多い地域なので、面会に来た家族や兵士の間で口コミが広がったといいます。 イドンカルビは、カルビ肉に切れ目を入れて広く開き、つまようじで留めて焼き、醤油と水あめをベースにした甘めのタレを使うのが特徴です。一人前に何本も出てくるほど量がたっぷりで、締めにトンチミ(大根の水キムチ)麺を食べることが多いです。京畿道が行ったある調査では、水原カルビが1位、抱川イドンカルビが2位として京畿道を代表する料理に選ばれました。
おいしい食べ方とどこで食べるか
水原のカルビ店に行ったら、まず塩カルビとヤンニョムカルビのどちらにするか決めましょう。初めてなら、肉の味がわかりやすい塩カルビを先に頼み、続いてヤンニョムカルビを追加するのが無難です。店員が焼いてくれる店が多いので、切ってもらった肉をサンチュで包んだり、そのまま塩だれにつけたりして食べます。大きな店ではヤンニョムケジャン(辛口ワタリガニの漬け)など十数種類のおかずが出ることもあり、締めに冷麺やカルビタンを食べる人が多いです。 カルビ店は水原華城周辺と東水原一帯に多く集まっています。華城行宮と城郭の道を歩いた後、夕食にカルビを食べるコースが人気です。牛カルビはかなり値が張るので、一人前の重さと値段を事前に確認し、週末の夕方は待ち時間が長くなることがあるので早めの時間に行くのがおすすめです。