
ねぎをたっぷりのせたパダク · 写真: Choi2451 / CC BY-SA 3.0 (Wikimedia Commons)
鳥致院のパダク:市場の鶏肉店で始まったという、ねぎたっぷりの丸鶏フライ
カリッと揚げた鶏に細く刻んだねぎを山盛りにしたパダクは、今では全国どこでも食べられますが、世宗市鳥致院邑はその元祖の地を名乗っています。市場の鶏肉店の昔の風景、パダクが生まれたという話、今の鳥致院での楽しみ方をまとめました。
パダクとはどんな料理か
パダクは「パ(ねぎ)」と「タク(鶏)」を合わせた名前の通り、揚げた鶏の上に細く刻んだ長ねぎをたっぷりのせた料理です。鶏に塩やこしょう、おろしにんにくなどで下味を付けて揚げ、ねぎと甘酸っぱい、あるいは醤油味のソースを添えて出します。熱々の鶏の熱でねぎが少ししんなりして辛みが和らぎ、香りが立って、揚げ物の油っぽさを抑えてくれるのが魅力です。 今では全国のチキン店やフランチャイズでよく見かけるメニューになりましたが、世宗市鳥致院邑はパダクがここの伝統市場で始まったと打ち出しています。2026年10月の世宗ハングル祭りでは、世宗市がパダクの元祖地域であることを知らせる「世宗パダク」のイベントも開かれました。
市場の北口に並んだ鶏肉店
鳥致院の昔の在来市場の北口には、生きた鶏を売ってその場で揚げてくれる鶏肉店がずらりと並んでいたといいます。1960〜70年代にはどの店にも鶏小屋があり、客が選んだ鶏をその場でさばいて釜の油で丸ごと揚げたので、注文してから30〜40分待つのが普通だったと伝えられています。 いつから市場で鶏を揚げて売るようになったかは記録がありませんが、全国の多くの市場と同じように、釜で揚げる丸鶏は昔から鳥致院の市の日の風景だったようです。今も市場の真ん中には昔のやり方に最も近い形で鶏を丸ごと揚げる店が残っており、衣なしで生の鶏を揚げる店や厚い衣を付ける店など、店ごとにスタイルが違います。
パダクはどうやって生まれたのか
パダクの由来については、2024年にある地方紙のコラムが詳しい話を紹介しました。料理人として中東の建設現場で働いていた人が、現地の人々に揚げた鶏が脂っこいと言われてねぎの辛みを思いつき、熱い揚げ物の上に細切りのねぎをのせたところ好評だったというものです。彼が1980年に帰国して鳥致院の在来市場でこのやり方を始めたのがパダクの始まりだという説明です。 当時は下味を付けて揚げた鶏をねぎと一緒に新聞紙で包んでビニール袋に入れて渡し、家で開けるとねぎの香りが鶏に移っていたといいます。名前も最初はパダクではなく、ただの「トンダク(丸鶏)」でした。ただし鳥致院の中でも元祖を名乗る店がいくつもあり、誰が最初かは資料によって話が異なります。
大学街の口コミで全国へ
鳥致院のパダクが外に知られるようになったのには、近くの大学生の口コミが大きな役割を果たしたといいます。1980年代初めに鳥致院一帯に大学キャンパスができると、学生たちが市場のパダクを好んで食べ、2000年代半ばから後半には地方のパダクブランドがソウルなどの大学街に進出しました。2020年代に入ると、ほとんどの有名チキンブランドがパダクをメニューに載せるほど一般的な料理になりました。 鳥致院は今もチキン店の多い町として知られています。地方紙のコラムによると、鳥致院邑のチキン店は124軒で、邑・面・洞単位で見ると全国で2番目に多いといいます。ねぎの値段が大きく上下して一時パダクの人気が落ち着き、玉ねぎをのせたメニューが増えたこともありましたが、鳥致院では今もパダクが代表的なグルメです。
鳥致院でのパダクの楽しみ方
パダクは受け取ったらすぐにねぎとソースを鶏の上に均等にのせ、熱でねぎが少ししんなりしたところで食べるのが一番おいしいです。ソースを最初に全部かけるより、少しずつつけて食べると衣がしけりません。ねぎの香りが好きなら、ねぎを多めに頼んでみましょう。ビールと一緒の「チメク」で楽しむ人が多いです。 パダクを売る店は鳥致院駅に近い旧市街と世宗伝統市場の周辺に集まっています。市場の店は丸鶏を大きく揚げて持ち帰る客が多く、店ごとに衣の厚さやソースが違うので、2〜3軒を食べ比べる楽しみもあります。夏の鳥致院桃祭りの夜のイベントでもパダクとビールを楽しめるので、桃の季節に合わせて訪れれば世宗の二つの名物を一度に味わえます。